桜の色が好き
桜の香りが好き
淡くてやわらかくて繊細で可愛らしいその雰囲気が好き
桜が散っていくときが好き
桜の木の下の、舞い落ちた花びらの絨毯が好き
一斉に花を咲かせては短い命をひらひらと散らしていく、永遠にできないその美しさが好き
青空に映える桜も
雨に濡れる桜も
月夜に淡く浮かぶ桜も
その優しい薄紅色に
甘く柔らかな香りに
風と共に浴びる花びらに
ずっと、どうしようもなく心惹かれている
『桜』
空に向かって息を吐く。
白くなった水蒸気がふわふわと消えていく。
まだ寒いなあ、と思う。
空に向かって深呼吸する。
寝不足の両目に太陽の眩しさが刺さる。
今日も頑張るか、と呟く。
空に向かって大きく伸びをする。
どこかで雀の鳴く声が聞こえた。
可愛い囀りに顔も綻ぶ。
今日も今日とて空の下。
みんなどこかで頑張っている。
『空に向かって』
忘れたくないこと。
誰かの優しさ。あの子の薄紅のほっぺ。
可愛いお手手に乗せられた小さな飴玉。
季節の香り。桜の木の下。
桜色のトンネルを見上げて吸い込んだ
甘い懐かしい桜餅のにおい。
朝焼けの空。真っ赤な夕日。
月明かりに照らされた街並みを行きながら
夜の星々に紛れて隠した本音。
大切な思いは残したい。
薄れないように、埋もれないように。
何気ない幸せの瞬間を刻み込みたい。
色褪せないように、ずっと覚えていられるように。
私の頭の中の、記憶の本棚に仕舞い込んである、
古びた日記の一頁にそっと書き記していく。
『記憶』
あの人はいつも花の香りがする。
あの人が現れると私は匂いで分かる。
花の香りを辿っていけばあの人がいる。
凛として美しいその立ち姿に、私はいつも一輪の花を想起する。気高く研ぎ澄まされた、それでいて柔らかくあたたかな色味を持つ花を。
あの人が振り返ればその艶やかな長い髪もふわりと円を描き、流動した空気に乗って届く花の香りの濃度がわずかに増す。
その姿を目の前にすれば、漂う香りは私の鼻腔を満たして脳まで届き、肺を通過して全身を巡り始める。
この優しい香りは一体どこから来ているのだろう。
その髪。身に着けているもの。首筋。
もし、この人自身の香りなのだとしたら。
そこまで考えて、私は切り揃えたばかりの前髪をそわそわと触る。
私を呼ぶ声が花の香りと共に届く。あなたは私のことをいつまでも幼い頃の愛称で呼ぶ。
私はもう小さな子どもじゃないのに。
それでもどうしても、その香りに惹き寄せられて、その柔らかい呼び声に顔が綻んで。
私はいま確かに
花の香りに恋をしている。
『花の香りと共に』
目には見えないけれどそこに確かに存在するもの。
それ自体に色は持たないけれどそこに在る証拠を確かに持つもの。
風は頬を撫でる。空気は肺を満たす。
きみの心は両の瞳が映し出す。
それは色彩を反射して鮮やかに染まっていく。
見えないものは信じられませんか?
形あるものでなければこの手にすることはできないのでしょうか?
『透明』