私の思考はコロコロころころコロコロと
移っては消えまた移っては飛び跳ねていなくなる。
くだらない独り言がそうしているうちは可愛いが、
大事な何かが思い浮かんだ時にもそれはなんでもないような顔をして、あっさりと後ろ順番待ちの、今日の晩ご飯は何にするか?に席を譲ってしまうのだから困りものだ。
そうして君の次の順番は一体いつ回ってくるんだい?
できるだけ早めに戻って来てくれると嬉しいのだが。
とりとめのない、私の頭の中の話。
“行ってきます”
そう言ってあの子は空を飛んだ。
すぐそこのコンビニに行くかのような軽さだった。
この世界に未練など微塵もないような。
待ち望んだ平穏をようやく手にしたような。
やさしく凪いだ顔だった。
私は動けなかった。あの子の冷たい手のひらを強く掴んで引き戻すことは出来なかった。
そうすべきことは理解っていた。それでも。
命を軽んじていると非難されるかもしれない。
きっといつか幸せな未来が訪れたかもしれない。
生きてさえいれば。
いつ抜け出せるか知れない地獄の底で、生きて、いたって。
あの子が、
ほんの少しの希望をそこに見出したのなら。
強く拳を握りしめる。
あの子を受け止めた広い空を睨みつける。
あの子の後ろ姿を見送ることしかできなかった私には、何も言う資格がない。
ただ、“さよなら”は言わない。
絶対にまた、必ず。
きみに会いに行く。
『さよならは言わないで』
朝、天気予報を見て気温を確認する。
今日は一日冷えそうだ。
コートを羽織ってマフラーを巻く。
手袋をはめて鞄を持つ。
玄関の扉を開けると冷たい空気が一気に額を頬を通り抜けた。
数歩歩いて深呼吸。
鼻から冷たい空気を吸い込んで、空へ向けてふうと吐く。白い息がもくもくと空へ散ってゆく。
「あ。冬のにおい」
この瞬間が、とても好きだ。
ツンとした鼻の奥、冬の訪れを知らせるにおいがする。
冷たくて、切なくて、どこか懐かしくて、心臓がぎゅうとなるような。
ひんやりとした風に目を瞬かせながら、私はしばらくの間『冬のはじまり』を楽しんだ。
「もう終わり」
頭上でそんな声が聞こえる。
僕は微睡の中にいて、まだこの温もりに浸っていたくて、聞こえないふりをする。
「もう終わりだってば。足が痺れてきた」
肩に手を置かれ、ゆさゆさと揺さぶられる。
僕の腕の中にぎゅうと抱かれたあなたの身体ごとゆらゆらと揺れる。
「いつまでくっついてるつもり?は、な、れ、ろ…!」
依然として離れる気配のない僕に痺れを切らし、あなたは肩に置いた手にさらに力を込める。
ぐぐっと押され、身体を引き剥がされる。
僕は決して引き離されまいとして、力を込める。
まだ離れたくない。
あたたかいあなたの存在をまだ感じていたい。
そばにいると安心するんだ。
触れていると満たされるんだ。
「聞いてる?」
「………まだ…もう少し、このままでいて」
思ったよりも情けない声が出た。
頭上からはふふ、と堪えきれずに漏れたような笑い声が聞こえる。
きっとあなたは呆れた顔で、でも少し嬉しそうな顔で、もう少しだけ、僕のわがままを許してくれるんだろう。
このしあわせな時間をまだ、『終わりにしないで』。
複雑で難解でどうしようもなく鬱陶しい。
けれどどうしたって手放せないもの。
『愛情』