“行ってきます”
そう言ってあの子は空を飛んだ。
すぐそこのコンビニに行くかのような軽さだった。
この世界に未練など微塵もないような。
待ち望んだ平穏をようやく手にしたような。
やさしく凪いだ顔だった。
私は動けなかった。あの子の冷たい手のひらを強く掴んで引き戻すことは出来なかった。
そうすべきことは理解っていた。それでも。
命を軽んじていると非難されるかもしれない。
きっといつか幸せな未来が訪れたかもしれない。
生きてさえいれば。
いつ抜け出せるか知れない地獄の底で、生きて、いたって。
あの子が、
ほんの少しの希望をそこに見出したのなら。
強く拳を握りしめる。
あの子を受け止めた広い空を睨みつける。
あの子の後ろ姿を見送ることしかできなかった私には、何も言う資格がない。
ただ、“さよなら”は言わない。
絶対にまた、必ず。
きみに会いに行く。
『さよならは言わないで』
12/4/2024, 3:35:43 AM