ヴェルタース

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12/29/2024, 2:22:39 PM


『みかん』

 美緒は、みかんの白い筋を取るのが嫌いだった。

 面倒だし、手が汚れるので。

 「みーちゃん、はい」 

 康太が剥いてくれたみかんは、筋がひとつもない。

 几帳面で、優しくて、控え目な指先が、ほんの少し美緒の手のひらに触れた。

 みかんを剥いてほしいと美緒が頼んだことはない。

 勝手に、康太がやってくれたことだった。

 側にいてほしいと美緒が頼んだことはない。

 家が隣だったから、気付けば幼馴染としてずっと一緒に過ごしてきた。

 


 「ごめんね。おれ、……ゲイなんだ」

 17回目の冬。

 困ったように笑った康太の白い息が消えていく。

 「あたしこそ、ごめん」

 なぜ謝ったのか、美緒はわからなかった。

 なんとなく、予想していたことだった。

 それなのに、いざ眼前に突きつけられると、心に氷柱が生えたかのように痛んだ。

 「じゃあ、これからも………」

 友達としてよろしく───その言葉は美緒の喉に引っかかって、結局かたちにならなかった。

 美緒は、逃げ出した。

 走った。

 肺に冷たい空気が流れ込み、痛い。

 ───美緒は、男勝りな女の子だった。

 ───康太は、いつも美緒を「かっこいい」と褒めた。

 「おかえりー」

 家に逃げるように転がり込むと、母親の呑気な声が台所から聞こえてきた。

 ───少しでも、ほんの少しでも、チャンスがあるんじゃないかと期待した。

 「あたしはバカだ」

 リビングの床に崩れ落ちた美緒の目線の先には、コタツの上にみかんがいつもどおり無造作に転がっていた。





12/25/2024, 10:16:59 AM


『クリスマスの過ごし方』

 サンタは来ない。

 母さんも帰ってこない。

 クリスマスだからと言って、俺の1日が劇的に良くなるなんてことはない。

 それは、俺が悪い子だからなんだろうか。

 

 でも、とっておきの悪い子にも、クリスマスは免罪符を与えてくれる。

 大して物が入っていないオモチャ箱から、スノードームを取り出して、机の上に飾った。

 3年前のクリスマス、母さんの前の前の前の………とにかくずっと前の彼氏が買ってくれたスノードームだ。

 俺なんかにも優しかったその人は、結局すぐに母さんと別れた。当たり前だ。母さんとあの人の気が合うわけもない。

 俺に言葉をかけてくれたし、俺に笑いかけてくれたし、俺にモノを与えてくれた。

 迎えに来てくれるなんて、夢は見ない。

 たぶん、もう2度と会うこともない。

 ただ、スノードームだけが俺を慰める。


 スノードームの中で、雪に降られながらもサンタクロースはにっこりと笑っていた。




 

12/24/2024, 3:51:41 PM


『イブの夜』

 私にとって、クリスマスイブはクリスマスよりも大切な日だ。

 チキンとシャンパン、ビーフシチューにバケット───そして、手作りケーキ。

 私の手作りじゃなくて、夫の。

 シュトーレンとか、ブッシュ・ド・ノエルじゃなくて、フルーツタルト。私が好きだと言ったから、毎年フルーツタルトだ。

「メリークリスマス」

 私たち夫婦は、イブの夜にそう言い合う。

 クリスマス当日は、ケーキ屋を営む夫はみんなのものだから。


 でも、イブの夜は私だけの夫なのだ。

12/21/2024, 7:35:06 AM


『福音』

 おばあちゃんの家のインターホンは、あんまり使われていない。

 そもそも、玄関のドアに鍵がかかっていない。

 それを知っている近所の人や新聞屋さんは、勝手に玄関を開けて、「ごめんくださーい」とおばあちゃんを呼ぶのだ。

 ドアにはベルがついているから、開けるとチリンチリンと音が鳴る。

 おばあちゃんは少し耳が遠いから、「ごめんくださーい」と呼ばれるまで気づかない。

 だけど、私にはベルの音が聞こえる。

 それと、犬のクロにも聞こえるみたい。

 

 ガチャン、チリンチリン。
 
 チリ、ン、チリ……。

 ベルの音が余韻を残す。その頃には、私とクロが玄関へ飛び出している。

 誰か来た!と、クロと気持ちがシンクロする。


 「ごめんくださーい」と、言わない人。

 私が飛び出して来るのを待っている人。


 「おかあさん!」


 おかあさんが、迎えに来た!

12/19/2024, 1:29:54 PM


 あ、私っておかしいんだな。

 そう思う瞬間は、何度経験しても心に穴が空いたような気分になる。

 サークルの飲み会とか、親戚の集まりとか、バイト先での会話とか。

 友情、恋愛、結婚、仕事、人生。
 それらの話題になるたびに、私は少数派の立場にいる。

 遊びに行こうと誘われれば暗い気持ちになる。
 何を話したらいいかわからないから。
 家でスマホでもいじっていたほうが楽しい。

 そのうち良い人が見つかると言われれば虚しい気持ちになる。
 自分がそうだったから、私も同じ感情になると信じ切っている人。悪意がないのは知っている。
 知っているからこそ、私は端から違う生き物だったような気がしてくる。

 公務員がいいとか、社会に出たらこうだとか言われるたびに脳みそが重たくなる。
 皆が当たり前にやっていること、できる気がしないから。
 どうしてそこまでして働いて生きていかなきゃいけないのか、わからない。


 私が好きなことは、みんなにとってどうでもいいこと。
 みんなが好きなことは、私にとってどうでもいいこと。
 
 それを、知る由もない。
 考えたことすらない。
 
 私は、みんなとは全く違う生き物で、みんなと同じになれるように擬態して生きている。

 そうなんだあ、って曖昧な返答。
 失敗だったと悟るとき。
 何が正解かすらわからない。

 人が集まる、多数派と少数派が生まれる。

 私は、いつも、少数派。


 ひとりでいるより、ずっと寂しい。


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