愛が有れば何でも出来る?どんな痛みも、どんな苦しみも乗り越えられる?──そんなはずがあるものか。彼を失った胃を捩じ切られるような痛みも、喉を締め上げられるような苦しみも、代替の愛が与えられたところで癒えはしないのだ。愛を求めて得た痛みを愛で癒そうとも、その後には必ず痛みがやってくる。私達は終わりの無い苦しみの果てを目指して日々を歩んでいくのだ。これからもずっと。
病床に伏してから後悔をする人生を送りたくない。と、彼は常々言っていたことを覚えている。自分の身体が動くうちはやりたい事をとことんやって、美味しいものを食べて、腹の底から笑って、瞼を閉じて最期の眠りにつくまで一秒も自分自身に手を抜きたくないと言っていた。今、私は別れを告げるこの時ですら、彼は笑って受け入れている。──私は彼に教えて貰った。後悔をしないという事は、自分の選択に誇りを持つことだ。
家で過ごすのは好きだ。好きな音楽、好きな動画、好きな本。ああ、そこに好きなお菓子が有れば尚の事良い。自分の好きなものを詰め込んだ家、好きなものを詰め込んだ部屋。そこは楽園にも等しい。決められた物語を繰り返しなぞればそこに新たな愛おしさが生まれ、色褪せないメロディを何度も聞くと過ぎた日を懐かしめる。そこに変わらない味が有れば……ああ、やっぱり、家というものはとても良い。帰るべき場所であり、魂の還るべき場所だ。
夢を語り合った。ふたつ並べた布団の中、顔を見合わせて。夜が更けて外が白むまで、未来についての展望を飽きることなく語り続けていた。その二対の目は穢れも陰りもなくただまっすぐに柔らかな布団の中の仮初の暗闇を見詰め、こそり、こそりと滲む黒の中で細められる。潜めた声は大人たちに聞かれる事はなく、まるで二人だけの秘密基地のようだった。──今は、布団がふたつ並ぶことは無い。未来の展望が見えていた仮初の闇に、小さな星が浮かぶことも無い。