遠い昔、花の国と呼ばれるこの国には国王がいた
その人は強く賢く聡明な女性で
花々の持つ純粋な美しさを深く愛していたそうだ
そしてそれは、隣国の国王も同様だった
彼の国は大地の国と呼ばれていて
穏やかで堅実で、安寧を愛する国王の治める国だった
二人は互いの優しさに触れ、惹かれ合っていた
人々が幸せでいられる国を夢見ていた彼らを
双方の国民も心から祝福した
しかし、そんな日々は長くは続かなかった
歴史的な戦争への参加を余儀なくされた両国は
あろうことか敵対関係として命を奪い合うことになった
そして二人の国王も、最期には互いの心臓を貫いた
どんなに心苦しかったことだろう
愛した人をその手にかける苦しみなど
私に想像できるはずもない
それでもせめて忘れないでいたいのだ
彼らの生きた証、その軌跡を
今を生きる人々が、彼らの痛みを忘れても
私は冒険することが好きだった
古代樹の森、海底の都、大空の王国
どの世界も本当に綺麗で美しくて
どんな険しい道だって乗り越えることができた
この命が続く限り
ずっと世界を見て回ることができたら
こんなに幸せなことはないと思えるほどに
でも気づいてしまった
あんなに世界が輝いて見えたのは
隣に貴方がいたからだったのだと
私に見える世界はもう輝いていない
酷く色褪せて輝きを失って
きっともう二度と戻ることはない
我ら魔法使いの在り方を巡る魔法大戦の最中
貴方は氷の魔法に当てられて氷塊となった
まだ魔法を使うことができなくて
恐怖に竦み動けなくなった私を庇ったせいだった
ずっと後悔していた
私がいなければ、貴方をこんな姿には
でも、やっと魔法を使えるようになったんだ
それで最初の魔法は貴方に使うと決めていた
小さな愛の魔法、身代わりの魔法を
これでやっと貴方を解放できる
私は貴方の頬に触れて目を閉じた
少しずつ貴方の氷が溶けて体温が戻っていく
それと同時に、私の手足は徐々に氷に覆われていく
思っていたより寒くない
貴方がいない方がよほど寒かったもの
薄れゆく意識の中、私はあの日のことを思い出す
氷に覆われる寸前、貴方は何かを囁いていた
私はその言葉をずっと知りたかった
願わくば、貴方が目を覚ましたその時
最期に囁いていた言葉を教えてほしい
魔法使いになりたい
それが私の子供の頃の夢だった
楽しい魔法で人々を笑わせて
美しい魔法で人々に感動を与えて
安らぎの魔法で人々を幸せにしたかった
それなのに今は
誰かを想う純粋な心を忘れて
自分自身が楽になりたい願いだけ
誰かを救う立場になれなかった
嫉妬や恨みに囚われて
幼き日の自分を裏切って
ただ救われたいと祈る
堕落した人間に落ちぶれてしまった
静かに輝く星空の下で
幸せだった頃の夢を見る
ただ暖かい光の中を生きていた
儚い幻のような過去の記憶を
ねぇ、もう元には戻れないよ
光の中を歩くには
心は恐れを知りすぎたみたい
ごめんね
幸せを望んでいたはずなのに
痛みと悲しみに囚われて
でも、最期は少しだけ幸せだったよ
美しい月明かりに照らされて
寂しさを忘れて眠ることができたから