#15『声が枯れるまで』
席についたまま貴方の体がユラリ傾いた時、
嫌な予感がして冷や汗が流れた。
大きな目にはクマがひどくて
軽く指を咥え、頭はフル回転
安楽椅子ではしゃがむような変わった座り方。
その曲がりに曲がった猫背は
貴方の背負うものの大きさを
そのまま表現しているようで。
彼こそが世界の切り札、私の尊敬する名探偵。
資料を摘んで見せて
これどう思いますか、
と聞く彼と一緒に考えたり
休憩には世界各地のお菓子を食べたり
スリリングだけど楽しい日々。
誰よりも賢くて正義感の強い貴方の人柄や
新たな一面を知れば知るほど
側にいたい、支えたいと思った。
慌てて駆けつけ何度も名前を呼ぶ。
嫌だ嫌だ、私を置いて逝かないで__
咽び泣いて落ちた涙が、彼の頬に伝う
だんだん閉じていく黒い瞳には
私の顔が写っていて
もう聞くことのできないその声で
優しく名前を呼ばれれば
泣かないで、と言われたようだから
無理やり笑顔を作って見せる
お慕い申し上げます
貴方に近づけるよう頑張りますから
また、会いましょうね
#14『始まりはいつも』
オータムナルのダージリンが飲みたくなる時期。早朝はストレートで淹れて問題集を解いていく。朝ご飯の時はミルクティーにしてトーストと一緒に。優雅な朝だ。さて、どんな休日にしようか。
午前をゆっくり過ごせば、約束していなかったけれど彼に会いたくなった。連絡を入れてみればすぐに返信が来る。今さっき起きたらしい。隣に住んでいるし、適当なタイミングで遊びに来るだろう。それまでに私はクリームティーの準備を進める。
ガーデンにある机に手作りスコーンとジャム、クロテッドクリームを並べて、彼のお気に入りのアッサムを用意。しばらくして犬が気づいて走り出す。チェックシャツを爽やかに着こなしている彼が今日もカッコイイこと。学校のこととか、新しくハマった音楽とかを話して、この時間と芳醇な香りに心が満たされる。
夜にはアールグレイを注いで勉強再開。来年からは受験生だからね。
自分の時間を大事にするために、私はいつも、まずは紅茶を淹れる。
#13『すれ違い』
貴方と別れてしまったのは
この世が不条理だから
としか言いようがないけれど、
立ち直るのに案外時間はかからなくって
新しい気持ちで生きようとすれば、
忘れさせないかのように
思い出される記憶に
胸が締め付けられるばかり。
ああ、向こう側から来る貴方に
すれ違いざま、
どんな対応をすればいいんだろう
久しぶりに姿を見てこんなんじゃ
やっぱり私、変わってないのかも
それでも前よりもっと
強くなっているはずだから
魅力的になってるはずだから
自信を持って進んでいく
#12『秋晴れ』
今日みたいな空を見上げると
一見どこまでも高く続くようだけれど
自分を中心とした
プラネタリウムの中にいるみたい。
その半球に閉じ込められて
上から誰かに見られているみたいで
なんだかちょっと窮屈。
でも2人で自転車を押して歩く帰り道
「ちょっと寄り道して帰ろうか」
と提案されてワクワクしてしまう
そんな単純な私。
君といると退屈しないから
今年の秋も楽しめそうだな。
#11『忘れたくても忘れられない』
先生、お元気ですか。私、春から高校教師になるんです。先生に憧れたから、じゃないですけどね。だって生徒と教師であんなこと、間違ってもいけないでしょう?……でも、きっかけは先生との出会いが与えてくれました。
当時の私は容姿端麗で首席の皆のマドンナ。うまく学校生活を送っていたものの、何も楽しくはなくて。ただ、笑顔を貼り付けて仕事をこなして、クラスメイトや教員陣の気分を害さないようにしていただけ。それでも、こんな風にしてでも、私は誰かと繋がっていたかった。それくらいに内側は毒されていた。
放課後、図書館で閉館時間まで勉強して家に戻れば、きちんと着ていた制服を柄の違うもっと短いスカートに履き替えてリボンを付け替えたり、露出の多めな私服で出かけて、相手を待つ。いや、待たなくとも声はかかる。さすがのJKブランド。これはお小遣い稼ぎじゃない。いい大学に行って自立するにはバイトをする時間はなかった。荒んだ環境の中、生きるために自らを傷つけた。
でもあの日、夜遅く歓楽街からの帰り道で、先生に会ってしまって。こんな時間に何かあったらどうする、とか、家の人が心配するぞ、とか、教師っぽいこと言ってたけど、私にはどうしようもない。金曜日は母が誰かしら男を連れて帰るから追い出されるんだもの。宿泊代もくれないくせにいつも好き勝手する。
どうすればいいんだろう。いつも通りのいい子の対応はこの状況じゃ効きそうにない。でも素直に洗いざらい話したら、これまで積み上げたものが今度こそパーになる。考えた後にこぼしたのは「助けて、ください」なんて言葉で、惨めな気持ちになる。でも私はただ、寂しくて誰かに頼りたかった。
先生は私の腕を引き、合わない歩幅に速歩きになりながらついて行けば、そこは先生の家だった。担任だけど、朝のHRと数学の授業で会うだけ。行事も完全に生徒に委ねていて。気怠げで無表情でヘビースモーカーで、偶にノリが良いけど、生徒に人気って感じじゃなかった。
なのに、あったかいお茶を入れてくれて、うんうんと話を聞きながら優しく頭を撫でられた時、子どものように泣いてしまった。知らない人じゃない、心を打ち明けられる人の温もりが心地良かった。
それからすぐ、特定の生徒に肩入れするのは良くないのに、私は先生の家に住ませてもらうことになって。互いに惹かれ合うのにも時間はかからなかった。
満ち足りる、ってこういうことなんだと思う。毎日がキラキラしていて、周りの当たり前の生活がこれ以上にない幸せだった。偽物の笑顔が無くなったことでもっと皆と距離が近くなって年相応の女の子になれたし、先生もクラスによく顔を出すようになっていろんな生徒に囲まれてた。
修学旅行も夢のように楽しくて、誰かと同じものを一緒に食べれるのに感動してジーンとしていれば、先生に人間1年生だな、って笑われた。
進路については努力実って学費免除で合格できたので、母とはおさらばして一人暮らしをすることに決めた。
先生とも卒業式で最後にした。このまま関係を続けたかったけれど、先生は私のことを考えて、私は私でそれを前向きに捉えて、円満なお別れ。またいつか会おう、と桜吹雪の下で抱き合った。胸が苦しくて仕方がなかった。本当に大好きだった。
大学は、私みたいな子に気づいてあげられるように、と教鞭をとる道を選んだ。それだけじゃ足りないと公認心理師の資格も取った。勉強の楽しさをわかってもらえれば、何かの逃げ道になるかもしれないし、きっと将来役に立つ。誰かを救うことで私も救われるはずだ。一般企業に就職して社会経験を積んで、やっとこの春から、私も先生と呼ばれる。大丈夫、ひとりでもちゃんとやっていける。
予め先生同士の顔合わせで、職員室にお邪魔することに。簡単な自己紹介をしていたら、「すみません遅れました」と1人入って来て、目を見開く。どうしてここに。よろしく、と口パクする彼に体中が熱くなった。