#8『高く高く』
カーテンコールで宙を舞う華は全てトップの座に君臨する彼女のため。目に涙を浮かべて感謝の言葉を口にしている。この舞台を持って彼女は引退。だから私は繰り上がりで2位になる。いつか上の2人を打ち負かしてやろうと思っていたのに。これじゃあ、勝ち逃げじゃないか。
圧倒的なオーラを放っていた彼女。これまで、どれだけの女の子が憧れ、現実に夢破れてきただろう。私は結局若さだけ?……いや、違う。歌もダンスも練習は人一倍やってきたし、裏方の仕事も覚え、舞台美術を学び、心理学の知識も活かして自然と心揺さぶる演技をするのが私。猛勉強と分析が私の武器だ。
「私ね、貴女みたいな女優になりたかったの」
いつ抜かされちゃうかヒヤヒヤしてたんだから、だなんて、隣のハリウッドミラーに立ったと思えばなんてことを。私だってそうですよ、と返してメイクを落とす。
「貴女の持ってる物、出し惜しみせずに全部使いなさい」
口紅を塗り直し、じゃあね、未来の大女優さん、とウインクして楽屋を去る彼女のなんと艷やかなことか。
2年後、書き進めていた戯曲とオリジナル曲が評価され、客席最前列の彼女から華を投げ入れられることを、私はまだ知らない。
#7『子どものように』
子供っぽいとこあって以外ー、最初は美人でクールだと思ってたけどかわいい。これでいいんだ。
小さい頃から、年下や同い年の子の面倒を見るようよく頼まれた。しっかり者ねーなんて言葉に素直に嬉しくなって、進んで人のために頑張ってた。
いつの間にか、あの子はいい子だし勉強もできて完璧よねーって。完璧、完璧。どこがよ。完璧な人には周りが怖がるから、自分から打ち解けやすくしないと人が集まらない。抜けてるところを見せて、可愛らしく。愛嬌も大事よね。
そんな生活から抜け出したくて、できるのが当たり前の学校へ進学した。ここはここでなかなかキツイ。常に向上心な性格で救われているものの、73が50になるこの世界。元生徒会長がクラスに2人いることもあるし、楽器を弾ける子なんていくらでもいる。
誰もが1回はアイデンティティが揺らぐはずだ。ここでは絶対に完璧になれない。でも、だからいい。皆がありのままの私を見てくれる。変に大人にならず振る舞える。昔好きだった物にまた興味を持ったりして、こんなに自分が子供らしかったんだと気づくことがある。これからは自分のペースで大人になるんだ。
#6『放課後』
今日はバイトの日。ドアを開ければカランと鈴が鳴り、中は暖色のライトが所々についていて仄明るい。マスターに挨拶し、ボサノバのレコードを聞きながらエプロンを付ける。今日のお客様は常連客の5人。
「お嬢ちゃん、ホットレモネードと適当になんか作ってくれー」
「私はコーヒーとパウンドケーキをお願い」
「はーい」
ケーキの上にはホイップクリームを。器具を温めコーヒー粉に染み込ませるようにお湯を注ぎ、蒸らし、ドリップする。だいぶうまく淹れられるようになったと思う。予め砂糖と蜂蜜で漬けておいたスライスレモンをカップに入れレモン汁とお湯を注げばホットレモンの完成だ。
おじ様とおば様が私の作る様子を楽しそうに見られていて、なんだか口角が上がる。
薄切りのトーストにクリームチーズと無花果をしき、胡椒を振りかけ蜂蜜を垂らせば、本日のオリジナルメニューです。どう、美味しいでしょ?
高校生の放課後といえば、部活に励んだり、寄り道して買い食いしたり、ゲーセンに行ったり。でも、私はこのジャズ喫茶が好きだ。一曲を共有しながら各自が自由にのんびりと過ごす、まさに至福の時間。
「お嬢ちゃん、一曲歌っておくれよ」
洗ったコップを拭きながら心の内でニヤリ。店内の奥に目をやればトランペットもドラムも、私を待っている。ピアニストの手招きでステージに上りマイクの前に立つ。こんな放課後、素敵でしょ?
♪The Song Is You
#5『カーテン』
クラスマッチで球技とは別に美化採点があるこの高校。円陣をして大掃除する高校生が他にどこにいるだろう。
掃除機を持ってくる子もいれば、シャワーキャップをつけて髪が落ちないようにする子も。白衣を着た美化委員が1㎡ずつ床をチェックして点数化するもんだから、やっぱりこの高校変だわ。
私のクラスはまだバスケと卓球が勝ち進んでいるから皆応援に行っているけど、採点時間まで後1時間半。観たいけれど誰かがやらなくっちゃ。残った机と椅子を廊下に運び出す。
学校特有の薄緑のカーテンも外せば、あれ、教室こんなに広かったっけ、と思わされる。2階から見るグラウンドには、昨夜降った雨でできた大きな水たまりが空を映し、金木犀の香りが鼻をくすぐる。
どうやら布1枚で景色が違うこともあるみたい。
#4『涙の理由』
7時間目の授業が終わって16:00過ぎ。皆、部活やら帰宅やらで教室から出ていく。そんな流れに逆らって長身が1人、私の机の前にやってくる。
「うい、これで合ってる?」
「ん、サンキュ。やったー♪」
部活のマネと付き合いたいなんて言うアイツの恋愛相談に乗って約1ヶ月半。うまく行ったら私に新作コスメを献上するという約束を守る結果となった。ただ自信がなかったから応援してほしかっただけなんだろうけどね。
あーあ、うまく行きすぎちゃったな。何てことしちゃったんだろ。私もアイツも、バカ。馬鹿馬鹿。
「……は!?おま、何泣いてんだよ」
うるさい。黙ってろ。こちとら失恋を痛感してんだぞ、オラ。
「いや、本トに良かったなーって。ククッ、お前に彼女って。いい子で良かったねー、本ト。アハハッ」
こうやって笑って誤魔化せばアンタにはわかるまい。……でも。
「いい?あの子が泣いたらちゃんとハンカチ貸してあげなさいよ。っていうかゼッタイ泣かせんな。それに他の女の子に内緒でプレゼントもあげちゃダメ。わかった?」
「いや、でもこれ俺悪くな、」
「わかった?」
「肝に銘じます」
「よろしい。じゃあ、もう私行くわ。お幸せにー」
ありがとな、なんて言葉にも振り返らず片手を挙げて済ます。……クソ、こんなコスメで可愛くなってどうすんのよ。使い切るまで嫌になるし。スタバの新作にすれば良かった。
「いやー、やっぱいい女だねー。アイツの前で泣いちゃうところもかわいーよ」
ギターケースを背負ってフラフラと横から声を掛けてくる。いつから見てたわけ。
「私が可愛いなんてとっくに知ってるけど、簡単にそう言ってくるヤツは嫌いよ」
「そう言わないでよー。ボクは君にしか言ってないでしょー」
この男毎日懲りないな、と思いながら昇降口まで階段を降りる。さっさと帰ろう。
「……何?」
靴箱を開ける私の手に重ねて扉を閉ざすソイツ。触れた手に熱を帯び、背中に体温を感じて、心拍数が一気に上がる。
背後から耳元に、文化祭のステージで聞いた声で囁かれる。
「ねえ、俺にしなよ」
さて、どうしたものか。