はた織

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8/2/2025, 12:00:04 PM

「お前こそが一族を滅ぼす終の花だ」
 宛名も差出人もいない無地の手紙は、記憶の波にさらわれて、頭の中の海馬に呑み込まれて、シロワニとなって無意識下の水面よりも遥かに深い海底で革命の時を牙を研いで狙っている。
            (250802 波にさらわれた手紙)

8/1/2025, 12:37:28 PM

 八月の東京の暑さに光る
 くちなわの鱗に会いたいが、
 君は狂う猛火に炙られて影となり、
 人々に踏まれてしまったようだね。
             (250801 8月、君に会いたい)

7/31/2025, 12:51:29 PM

 母に
 髪結われ微笑むおとめごの
 面映いさまこそ
 眩しくて
                 (250731 眩しくて)

7/30/2025, 12:22:43 PM

 心臓を食べたい。長田弘の詩に詠われたシャシリックを食べようと思ったが、結局思っただけで何もしなかった。
 鮫の心臓も食べられるらしいから、それも食したいところだ。もうかの星と呼ばれている。心臓に星の名を与えられていて、私の食指が動く。この世界では、海の中を泳ぐ流星も食べられるのだ。空から落ちた金平糖みたいな甘い星も魅力的だが、水圧に押されて生命としての限界までに達し潰えた真っ赤な星屑も実に蠱惑的である。
 何事も冷静でいなくてはならないと感情や心を削ぎ落としてしまった私の冷め切った心臓には、熱すぎる心臓の血潮が必要なのだろう。いっそのこと、死ぬ前に自分の心臓をくり抜いて、息絶える寸前の私の口に当てて欲しい。鼓動の熱さに目が覚めるか、それとも心音の温もりに瞼を下すか。ドキドキの瞬間だ。
                 (250730 熱い鼓動)

7/29/2025, 1:20:52 PM

「線香花火をしている時って、どうしても息を止めちゃうんだ」
 ぱちぱちと空気をくすぐらせるような音が鳴っている。傾ける耳もこそばゆくなってきたのか、彼は思わず肩を震わせて笑った。指先まで揺れ動き、線香花火の火種が雫のようにとろりと地面に落ちていった。
「あーあ、またすぐに落ちちゃった。もっと息を止めたら長く燃えるかな」
「息つく間もなく散るのが線香花火たる所以だから、行けるかもしれないね」
「ほんとう? もっと輝きたい線香花火の願いを叶えられる?」
「じゃあ、やってみようか」
 彼女は最後の線香花火を取り出した。すっかり短くなった蝋燭の火に点ければ、か細い火花を散らし始めた。火花は空気を刺すように、何度も何度も咲いていく。細やかな火の子までも輝いていた。酸素の粒子まで煌めかせようとする勢いである。今まで点けてきた線香花火の中で、一番激しく燃えていた。
 彼女は、どんどん丸みを帯びて錆びていく赤い火種を睨んでいる。足らない火の熱さを鋭い視線で炙っているのか。さらに一段と、白い火花は大きく咲いていった。彼女から全く音が聞こえない。火花の弾ける音がうるさく感じる。
 彼は、急に怖くなって火花から視線を逸らして、彼女を見つめた。声をかけようとしたが、そんな間合いではなかった。彼女は口を閉じたまま、真っ直ぐに線香花火を見下ろしている。宵闇に黒髪は溶け込み、肌も影の中に透き通っている。血の気も失せて生気を感じられないのに、開かれた瞳は火花の煌々とした輝きに満ちている。瞳の奥で呼吸をしているようだ。火花の虹彩に彩る彼女に、彼は自然と息を呑んでいた。ようやく「あ」と彼女の声が空気を震わせて、線香花火の赤い火種は暗き地面に吸い込まれていった。
「すごく長く点いていたね。本当に息を止めてたの?」
「ちゃんと息を止めていたけれど、あっという間に感じた。そんなに長かった?」
「うん。あまりにも長かったから、本当に息をしているのかなって心配しちゃった」
「ごめんね。でも、願いを叶えられたよ」
 彼女は、肩を上げながら胸を膨らませて深呼吸をした。何度も息継ぎをしようと諦めかけていた思いを吐き出して、線香花火の残した白くて淡い煙を吸い込んだ。
               (250729 タイミング) 

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