「線香花火をしている時って、どうしても息を止めちゃうんだ」
ぱちぱちと空気をくすぐらせるような音が鳴っている。傾ける耳もこそばゆくなってきたのか、彼は思わず肩を震わせて笑った。指先まで揺れ動き、線香花火の火種が雫のようにとろりと地面に落ちていった。
「あーあ、またすぐに落ちちゃった。もっと息を止めたら長く燃えるかな」
「息つく間もなく散るのが線香花火たる所以だから、行けるかもしれないね」
「ほんとう? もっと輝きたい線香花火の願いを叶えられる?」
「じゃあ、やってみようか」
彼女は最後の線香花火を取り出した。すっかり短くなった蝋燭の火に点ければ、か細い火花を散らし始めた。火花は空気を刺すように、何度も何度も咲いていく。細やかな火の子までも輝いていた。酸素の粒子まで煌めかせようとする勢いである。今まで点けてきた線香花火の中で、一番激しく燃えていた。
彼女は、どんどん丸みを帯びて錆びていく赤い火種を睨んでいる。足らない火の熱さを鋭い視線で炙っているのか。さらに一段と、白い火花は大きく咲いていった。彼女から全く音が聞こえない。火花の弾ける音がうるさく感じる。
彼は、急に怖くなって火花から視線を逸らして、彼女を見つめた。声をかけようとしたが、そんな間合いではなかった。彼女は口を閉じたまま、真っ直ぐに線香花火を見下ろしている。宵闇に黒髪は溶け込み、肌も影の中に透き通っている。血の気も失せて生気を感じられないのに、開かれた瞳は火花の煌々とした輝きに満ちている。瞳の奥で呼吸をしているようだ。火花の虹彩に彩る彼女に、彼は自然と息を呑んでいた。ようやく「あ」と彼女の声が空気を震わせて、線香花火の赤い火種は暗き地面に吸い込まれていった。
「すごく長く点いていたね。本当に息を止めてたの?」
「ちゃんと息を止めていたけれど、あっという間に感じた。そんなに長かった?」
「うん。あまりにも長かったから、本当に息をしているのかなって心配しちゃった」
「ごめんね。でも、願いを叶えられたよ」
彼女は、肩を上げながら胸を膨らませて深呼吸をした。何度も息継ぎをしようと諦めかけていた思いを吐き出して、線香花火の残した白くて淡い煙を吸い込んだ。
(250729 タイミング)
7/29/2025, 1:20:52 PM