生命溢れる酸素を吸っても、
愚痴しか言わず、
痰しか吐かず、
騒音しか立てられず
クソしか出せないのだったら、
私が空気になって、
無駄な呼吸を繰り返す人間の
息の根を止めてやる。
(250514 酸素)
一族の終わりに弾く泡になろうとしているのか。
または一族を根絶やしにする化け物になろうか。
記憶の海底に潜む私のシロワニが彷徨っている。
暴れる二頭の子どもを子宮に抱えて迷っている。
産道から抜け出せるのは一頭だけだどうしよう。
兄弟姉妹だろうが双子だろうが食べてしまおう。
噛んで千切って咀嚼して嚥下すれば抜け出せる。
憎き母の顔を拝みに出せ出せ出せ生まれてやる。
子どもに育てられた子どもの記憶を滅ぼそうか。
それともその記憶を泡沫の調べにして叫ぼうか。
革命を起こそうと私のシロワニが水面に近づく。
牙がぎらつく、怒りがうごめく、心が揺らめく。
お前は未だに迷うのかと私のシロワニが問うた。
私はまだ深海の底を見ていないと沈んでいった。
冷ややかなる波間に白い鴎の羽ばたく姿が映る。
(250513 記憶の海)
ただ君だけが見てほしい。
ぶつ切りにされた私の肉を。
鍋の中で炒められた私の肉を。
他の食材に煮込まれた私の肉を。
塩胡椒香辛料をふられた私の肉を。
どろどろのスープに崩れた私の肉を。
洪水のように白い皿に溢れた私の肉を。
そして飢えた私に貪り食われる私の肉を。
これが孤独を舐め尽くす唯一の方法である。
(250512 ただ君だけ)
『即興詩人』のように、舟の中で寝転んでみたいものだ。確か、海に通ずる洞窟の中で舟を浮かべていたはず。
天井から滴り落ちる水滴を星々に見立てて、横になりながら眺めていたい。そうして、洞窟の奥へ奥へと向かって行き、入り口の光が徐々にか細くなっていくのを見届けていく。
洞窟の中で舟に流されながら奥へ行く感覚は、どことなく胎内巡りを彷彿とさせる。ちょうど頭を先にして寝転がっているから、このまま産道へと導かれていくだろう。
だが私は天邪鬼だ。もう人間の赤子なんかになりたくない。アヌンチャタごっこはおしまいだ。舟をひっくり返す。私は逆さまになった舟の中に閉じこもった。
塩辛い湿気がこもる暗闇の中、揺れる波間から雫が飛び散っていく。ちゃぷちゃぷと水音が舟の中に響いていった。私の耳の中に、海水が入り込んでいく。海の静寂しか聞こえない。
舟の板の隙間から白い輝きがちらつく。壁を隔てて見る景色は、濾過されたように綺麗だ。そう思った時には、私は水面の下に沈んでいた。もう何も見えない、何も聞こえない。
逆さまの舟は、真っ暗な洞窟の奥へ奥へと流れていった。
(250510 未来への船)
小さい頃に、森へ出かけた覚えがある。家族みんなで車に乗って外出したのだろう。だが、何故森に向かったのか覚えていない。そもそも、本当に森に行ったのか分かっていない。
夢現か、木漏れ日さえもない暗鬱な森林の下、私がはっきりと覚えているのは、道路のそばにあった猫の死骸だ。毛皮は破れ、赤黒く変色した内臓から白い骨がのぞいている。車に轢かれたのだろうが、傷跡がどうも何かの歯形に見えた。
「ライオンに食べられたかもしれない」
幼かった私は本気でそう信じた。私の中で、森に潜む恐ろしい生き物はライオンしかいなかったのだ。
近くにいた母親に言ったかもしれないが、向こうの返事を覚えていない。父親もいたと思うが、本当にいたのか疑わしい。二人の姿形が霧かがって見えないし、声も聞こえない。だから余計に、私のむなしい声が静かな森の中で響いて、脳裏に焼きついてしまった。
結局、猫を弔わなかった。広大な森林の影に覆われた猫の死骸は、やがて蛆虫に食われて黒々と溶けていき、地面と同化して消えていったのだろう。
寂しいとは思わない。むしろ、人知れず自然に見届けられて散っていく様は実に美しい。私も森の奥にある道路の端で倒れたら、あの猫と同じく死んでいくのだろう。消えていった小さなたましいに、わずかな希望を見出した。
遺灰を海に流すのもいいが、森に撒くのもいい。生きるも死ぬも勝手次第と言わんばかりに、黙する黒い木々に見下ろされて包み込まれてみたい。
(250509 静かなる森へ)