会う人は皆、彼を神と呼んだ。
決して容姿が優れているわけではなかった。美しいが地味で華のない顔立ちの男だ。背は170あるかないかぐらいで、穏やかに、静かに話す。人混みの中では簡単に掻き消されてしまいそうな声量なのに、その声は必ず鼓膜をピンポイントに撃つ。聞き逃すという行為が重罪に値するかのように、彼の声は不思議でどんなときであろうとその音波は脳に響く。
祈りを捧ぐ者の後ろ姿を見た。いつものことだ。
「救ってください」などと烏滸がましいことをよくも口に出せるなと思いつつ、決して私は口を挟まない。
捧ぐ者は跪いた。用意してきたのだろうか、幾度も聞かされ聞き飽きた長ったるい台詞を泣きを交えながらぺらぺらと話す。こんなもの常套句である。無意味である。
しかし彼はそうは言わない。絶対に否定をしない。彼を前にすると人は皆胎児のようになるのだ。なんとつまらないことか。
彼の食事の時間になると、私の労働が始まってしまう。“神”に跪く“信者”を呑み込む為の準備をしなくてはならないのだ。
というのも、完成された料理以外を目にしたくないなどと宣うので、仕方なく調理する必要がある。なんとも面倒な奴である。
誤魔化すように鼻歌を歌った。最近スーパーで流れていた曲だ。意味は分からないが、私は好きだ。歌いながら、やはり人間は愚かであると思った。
人間は神にはなれない。神になろうとする人間は愚かだ。だが、人間を信仰する人間はもっと愚かだ。
しかし祈りの果てが腹の中とは、笑ってしまう。やはり彼を前にすると人は胎児のようになるようで。
凍える朝
秋の風
季節があなたの体温にちかづく
どこまでも行こう、
そう言って脳髄散らしたあなたの最期は
季節外れの花火
虹色の瞳をみても、もう心は動かされない
妙な高揚感も、怪しげな熱も何も無い
触れてみたくなっても、理性がある
例えば目以外の器官でものを見ようとするようなそんな感覚がする
鼻腔をくすぐるあまい匂いは、まだ生きている
息の仕方を忘れることは無いし、心臓は己を見捨てない
だからこそ、答えは、まだ、出せないよ
大好きで大嫌いな君へ。
「答えは、まだ」
ごめんなさい
散々迷惑をかけてしまって、人を傷付けてばかりいた
私利私欲の為にあなたがたを貪ってしまった
血肉を喰らわないと生命活動を存続できない、愚かな化物
僕は人間ではない、生まれたときからそうだ
この風貌や人格や欲求は呪いのようなもので、怪物たる僕の業だ
今更人間にもなれないので、せめて息をすることぐらい許してよ
仲間になれなくて、僕はずっと独りでした
昔は散る桜が雨みたいで好きでした
でも本物の雨は好きではなくて、だから茹だるような夏が好きでした
紅葉の秋も銀の冬も好きでした
ぜんぶぜんぶ、大好きだったよ、君のことも、好きだった
この崖をまっさかさまに落ちてゆけば、僕を認めてくれる
そうあなたがたが言ったので、言う通りに身を投げ出したはいいものの、さっきから打ち付けた頭が痛い
首も折れたみたいだし四肢や肋辺りの骨も砕けている気がする
酸素が薄いしここは臭いもきつくて死にそうだ
でも、ここから上に這い上がるのなら1時間もかからないかな
ともかくまずは腕が治癒するまで待とうと思って、とりあえず転がっている肉塊に接吻した
僕はこの肉体の不味さを、よく知っている
四十作目「仲間になれなくて」