曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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7/3/2025, 10:09:13 AM

「遠くへ?」

僕は思わず聞き返した。君が突拍子も無いことを言ったから。

「うん。どこでもいいから、遠く、遠くへ」

君は真剣な目をして僕を見つめる。つられて僕も真剣になって、見つめ返した。
遠く。具体的な場所は無く、遠くに?どのぐらい?市外?北海道や沖縄?それともアメリカ?はたまた宇宙?僕は脳内で、思いつく限りの遠い場所を、ぐるぐると巡っていた。

「まあ、どこでもいい訳じゃないけど」と君は付け足し、空を見上げた。オレンジだ。絵に描いたような夕焼け。ちょっと紫がかった天を暫く見ていると、首が痛くなってきてしまう。

「行こう、遠く」

僕は言った。僕達なら、どこにでも行ける気がした。なんとなくだけど、君もそう思ってくれているだろう。

「あ、雨」

ぽつり、と僕達の顔を濡らす雨。どうしよう、傘を持っていない。君の方を見ると、困ったように笑っていた。
お互いの顔を見合わせて、笑い声を上げて、僕達は走り出した。雨はだんだん強くなっていく。遠くへ行け。そう言うように。


二作目「遠くへ行きたい」

7/2/2025, 1:35:27 PM

僕はずっと待ち望んでいた。今、この瞬間を。苦しみから貴方を解放できるときを。


プリズムの、七色の眩い閃光。輝きに貫かれ、彼はきらきらと消滅した。それは残酷な殺人にも、安らかな最期のようにも思えた。

元は透明だったクリスタルは、真っ黒く染まっている。輝きを失って、役目を終えたように佇んでいる。ようやく、終わったのか。長い溜息を吐き、床に大の字になった。

それは“世界一美しい兵器”と呼ばれる。全長約3メートルの、岩のような宝石の塊。或る島国の孤独な研究者が発明したらしい。透き通り、なめらかな表面が倫理の無さを誤魔化していて、僕は直前までそれを使うことを避けていた。理由は特に無いけれど、なんとなくとても非人道的な行いだと思った。

仲間と任務を裏切った彼に、制裁を与えることになった。僕は何度か上の者を説得したが、彼の犯した罪はあまりにも重かった。

せめてもの情けだった。拷問師の僕が彼に出来ることと言えば、きっとこれぐらいだ。美しい兵器によって、美しい死を遂げること。本来ならば許されないこと。けれども僕は後悔も反省もしていない。大切な彼が苦しまずに済むのなら、僕はどうなろうと構わないから。

体を起こして、醜い兵器に触れる。赤黒いべったりしたものが手についた。そのとき僕は初めて、彼を殺したことをはっきりと自覚した。


一作目「クリスタル」