どこへ行こう
人生とは一本長く続く道ではない。円形に広がっていると思う。明るく見えているところが一本道に見えたって、道がないと思ったところに踏み出してみれば、実は道がある。今ここで諦めることが踏み出してゆく一歩目だったりする。ゴールと呼べるのは、この灯火が消えた時。今は可能性しかない。
さて、どこへ行こう。
ささやき
世界中のうちの誰か一人の、たった1分1秒が欠けていたのなら、世界は今のままではないのだろう。たとえその影響力が小さかろうと、この全く同じ世界は出来上がっていなかったのだろう。
どこかで喧嘩なんぞするものではないと後悔している人も、その喧嘩がなければ自分を押し殺していかなければならなかったかもしれない。
いま、明くかがやく太陽の下を歩く私の顔をそよ風がなでていったことも、足もとの小石がカランと小さな音を立てていったのも、私の気分を形づくり、家族との接し方を決定したのかもしれない。
私が私自身にささやいたこのことも、一瞬でも何かが違えば、変わっていたのかもしれない。
春恋
春だというのにまだまだ寒い。あの暖かい陽気を待ち焦がれている。夏の照りつけとは違う、柔らかい光をうけて空を仰げば、冬の乾いた風とは違う、何とも言えぬただひたすらに心地の良い風が髪を揺らす。秋の枯れかけた葉とは違う、新しく薄い葉が彩る普段の道を、情緒に浸りながら一人で歩く。そんなあのころの春が、ふと、恋しくなる。それが私の春恋。
さよなら。
生を得たものならば、一度は必ず経験をするもの。
大切な人やものならば悲しみを覚えるもの。
嫌いな人やものならば、嬉しさを感じるもの。
人によっては、何も感じないもの。
ただぼんやりと、寂しいものだというイメージがあるもの。
いろいろ思うことはあるのに、いざ伝えようとすると言葉にならない場所。
大人になるほど、当たり前になること。
自分の感情の乏しくなるさまを、明らかに感じる場所。
ここで一度は感じる寂しさが、時間が経てば薄まってしまうもの。
ふと記憶の中に出てきて、人を虚しくさせるもの。
ただ、今この時が、美しく映る理由。
「bye… bye…」
叶わぬ夢
どれだけ願ったって自分以外になることは叶わないというのに。あの人になりたいと思うのは苦しいだけだというのに。外見だけみつくろっても、自分であることに変わりはないというのに。なぜかうらやむことをやめられない。
自分が自分でしかないから、それが分かっているから、うらやむことをやめられない。
どれだけ願ったって、それだけは変わらない。自分だけは、騙せない。だから絶対に叶わない。
あの人になりたいとかいうこの願いは、自分を欺いたときにのみ、叶うものだから。