星空
肉屋は肉を売る。
魚屋は魚を売る。
そして、夢屋は夢を売る。
綺麗な小瓶の並ぶ店内。小瓶の中身は可愛らしいピンク色の液体から、キラキララメラメしているような液体まであらゆる種類がある。
寝る前に飲めば対応した夢が見られる、魔法みたいな健康食品。魔法みたいだけど、科学的根拠に基づいて作られた、夢薬の分類。
寝ている間、夢を見る人の方が優れている。
夢を見る人いない人の違いの研究結果が発表されて50年。自発的に夢を見る人は少ないが、夢薬を使えば夢を見れる。それも望んだ夢が。発売当時は胡散臭いといわれ続けたこの薬達も、発売から45年たった今では日常の必需品なのだ。
「やっぱり高いなぁ」
「それ、映画のやつじゃん。映画を夢で体験出来るやつは凄いけど、夢は違うのがいいなあ」
「あんたは何買うの?」
「これ」
黒い液体に、キラキラが沢山入っている小瓶を見せる。
飲みにくそうな見た目に反して、甘くて美味しい。
「この前も買ってなかったっけ?」
「この夢が好きなんだよ」
「ふーん。あ、最新作出てる。わたし、こっちにしようっと」
彼女は水色の小瓶を取る。
「学生の青春? なにそれ、どんな夢」
「青春って、なんだろうね? 楽しみだなぁ、今夜試してみるよ」
「明日学校で教えてね」
家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って。
それから、くつろぐ姿勢で今日買った夢薬の小瓶を眺める。綺麗。
そしてグイッと飲み干す。ほのかな甘みと、睡魔を感じる。
静かに横になり目を閉じれば、直ぐに落ちた。
一昔前は眠るのに薬を使う人はいなかったと言うから不思議だ。夢薬を飲めばすんなりと夢の中に入れるというのに。
目を開けるとそこは既に夢の中だった。
上下左右、どこを見ても夜空。
満点の星空が投影される、プラネタリウム的な夢薬。
プラネタリウムだと天井を見るだけだが、夢なら自分も自由に動けるし、足元も星空に見える。
自分が宇宙空間にいるような感覚。
何も考えたくない時、この夢を見たいと思う。
目覚めるまでの数時間、
わたしはじっと夢の星空を眺め続けた。
神様だけが知っている
心が動かなくなった。
別に困らなかったから、放っておいた。
そしたら、色んなことがどうでも良くなった。
赤く燃える空を恍惚と見入っていた。
この世界にある色の中で最も綺麗。
邪魔をしてくる奴らがいて殴って蹴ったら、気付いたら殴って蹴り返されて、そして地面に押し付けられていた。視界が地面で覆い尽くされたからふざけんな、と騒いだら、両手は拘束されてたし、自分を拘束した奴が警察官であったことにようやく気付いた。
冷たい無機質な部屋に入れられて無理やり椅子へと座らされる。冷たい。
前に座るのは日焼けしたガタイのいい男。
「なぜ放火などした」
何やら話しかけられているのは分かったが、耳に入ってこないので、さっき見た光景を思い返していた。
思い出には雑音が入らなくてイイ。
初めは小さな火が、色んなものを燃やしてだんだん大きくなった。建物全体を燃やして、暖かくて、黒煙と炎よ赤のコントラストが最高に綺麗だった。
目の前の男がイラついているのは分かった。
彼の言葉はどうにも入ってこない。
もう、心は壊れる。
いつから壊れてるかなんて自分でも分からない。
まともになれないのなら、壊れていくしかない。
……あの炎、綺麗だったな。
雑音は入らない。
もう思い出の中で再生出来ればいいやと、そう思う。
︎✦︎
俺は疲れている。
頭のおかしい犯罪者って存在するらしい。
こちらの話を聞いているのか聞いてないのか、視線を一点に向けて、石のように固まっている。
薬中のように見えるが検査では何も出なかった。
素で頭が狂ってるとしか思えない。
こちらが話し掛けづけるのにも飽きた頃、何も語ろうとしない放火犯はとうとう頭がイカれたらしい。
気味の悪い笑みを浮かべたと思えば恍惚とした表情になった。
捉えた男は身分証を持っていなかった。というか、ライター以外持ってなかった。
防犯カメラを追って男の家を探しているが、大変なのだ。
せめて名前くらい聞かないとなぁ、と刑事は反応しなあい男に声をかけ続けた。
日差し
眩しい太陽に高い湿度。毎年のことながら暑さにやられつつ、今日は外出出来ないなと思う。
最高気温41度。
祖父母の家のお風呂のお湯の温度くらいは暑い。
日差しも強く、あゆるものが日焼けしそうだからカーテンすら開けられない。
明日も暑いんだろうなぁ。
だから、わたしは明日もきっと外出しない。
君と最後に会った日
何か考えていたわけじゃないけど、
本当に、何も考えてなかった。
不用意に言葉が出て、
よくよく考えると失礼な言葉だったけど。
最後だと思わなかったから言ってしまった。
けど、最後だと分かってたら、
わたしは何を伝えたのだろう。
考えてもわからないことを時々考える。
日常&子供の頃は
6畳の和室と、窓から見える小さな庭だけが、わたしの世界の全てだ。
井の中の蛙。それがわたし。
部屋を出るなと厳命されているので、わたしの日常は大変つまらない。
わたしの部屋にやって来るのは、わたしの世話兼監視のための乳母と、時々兄。
本当は兄に会っては行けないみたいだが、兄は気にせずやってくる。
兄の来訪をいつも待っていた。
乳母はいい顔をしないけど、わたしは兄が来てくれないと暇で死にそうだから毎日来て欲しかった。
学校に通い始めると兄はあまり部屋にやってこなくなった。
わたしはもちろん何もせずに部屋にいろと言われているので、家の外どころか部屋の外にも出れない。
時々聞こえてくる、子供と思われる楽しそうな笑い声が、羨ましすぎる。ずるい。私もその会話に混ざりたい。そう思って妄想するも、どうしても外の子たちに混ざる自分が思い浮かばない。妄想の中くらい、わたしも友達が欲しいのに。
嫉妬心と諦めの、単調な日々。
そんな日常が、塀の上に現れた男の子によって変わった。
「頭がおかしくなるとまぼろしって本当に見るんだ」と感心してたら、「俺はまぼろしじゃねーよ」と返された。
兄よりも声が低くて、乱暴な言葉使いに驚いた。
びっくりしすぎて、そのまま倒れた。
体が熱いと思ったら熱があったみたいで、目が覚めた時には布団の中にいた。
さっきの男の子は、たぶん幻覚。
熱があったからだ。
「今日は元気そうだな」
「……わたし、今日も熱あるのかも。まぼろしが見える」
「だから俺はまぼろしじゃねーし」
倒れた日から三日たった今日。
男の子はまたやってきた。突然倒れたわたしの様子を見に来たらしい。
「ねぇ、せっかくだから何か話してよ」
「なにかって、なんだよ」
「楽しいとか、面白いこととか?」
「ないな」
「なんでないの?」
「じゃあ、お前はなんか楽しいことあったかよ」
「ない」
「そういうことだ。毎日同じことして、つまらねぇよ」
彼は定期的にやって来て、彼と話す時間だけは楽しい時間だった。
これが子供の頃のわたしの日常。