好きな色
何かと世の中理不尽だ。
誰だか分からない顔写真を気合いをいれて頭に叩き込み、目的地が大学であることに眉を寄せる。
「何したか分かんないけど、恨まれたくないっすよね」
車の鍵をクルクル回して、遊んでいる運転手が言う。
金髪に両耳に大量のピアス。眉毛もないし、明らかにチャラい男だが、非常に優秀な足運転手で、指揮官である。
「お前は沢山恨まれてそうだな」
「そうでも無いっすよ。親方はどうなんです?こんな仕事だし、恨まれてそうですけど」
「お前と違って俺は人と関わりが薄いから恨まれようがない」
「あー、親方は狭く深くの人付き合いですもんね。俺はどうしても広く薄くですもん。親方、ポジション変わりません?オレ、そっちも出来ますよ」
「悪いが俺はそちらは全くできない。適材適所だ」
そもそも記憶力が良くないので、情報収集したところで覚えてられない。
人が人を裁く時代は終わりを告げて、全てはAIによる判別に従うことに法律が変わった。裁判所もなくなり、全てはAI判定に委ねられる。大きな犯罪から、子供同士の小さな喧嘩まで、ありとあらゆるものを仲裁する。
個人情報保護法に基づき、NEWSとして世間に流れることもない。人が人らしく生きるために、ネガティブ報道は封印された。
時代遅れの死刑もなくなり、いい世の中と言える。
だが、犯罪は無くならない。
大小問わず日夜犯罪は起こりうる。
その問題を解決するためにAIが下した方法が、犯罪者の記憶削除からの人格矯正プログラム。
俺たちは写真と名前と居場所だけをAIから教えられ、そいつの記憶削除と人格矯正プログラムを実施に赴く。
対象が何をしたのかすら情報は開示されない。
「それよりも親方、そろそろ黒い服以外も買いません?怪しいんですよ。前回それで逃げ出したヤツいて、追いかけるの大変だったじゃないっすか。せめて、全身真っ黒はやめましょう」
「あれはお前のチャラい格好で逃げられたんだろうが」
「オレは普通です。……ちなみに黒以外持ってます?」
「ないな」
「なんで?」
「好きなんだよ、黒。汚れなくていい」
「……はぁ、今日は逃げられないといいですね」
そうして俺たちは多少暴れた大学生を問題なく確保した。
記憶を消されて、人格矯正されている青年を横目に、「ほら、黒は汚れないだろ」とドヤ顔で男が言った。
あなたがいたから
子供の目はとても雄弁だった。
置いていかないで、と。
思わず舌打ちした。一人だけなら、誰かに飼われる形で、生きていけるかもしれないと思っていたからだ。
それでも頭に浮かぶ未来は悲惨なものばかりだ。一人でも生きていくのに必死なのに、自分よりも年下の女の子を連れて行けると思えなかった。
するとすぐに子供の目がどんどん滲んでいく。泣くのかと思えば声も出さずに涙が零れていく。
自分で拭うこともせず、俺を見て立ち尽くす。
その涙が、とても綺麗だと思ったのだ。
嫌な未来がどうしても頭をよぎるが、置いて行くことも出来なくて、生き残るために考えていた計画は諦めて、俺はその子供の腕を掴んだ。
「行くぞ」
子供の反応を待たずに歩き出す。
後ろで「ありがとう」と小さな声が聞こえた。
戦争だらけだった世界は、何ひとついいことも無く、多くの国と人間に被害だけを齎した。自治なんてあってないような世界で、子供二人で生きるのは過酷だった。
それでも生きてこれたのは、多分一緒にいてくれたからだと思う。
「あなたがいたから、わたしは生きてられるの」
昔よりも雄弁に話すようになった彼女が言う。
「それは俺の台詞だな。一人だったら、俺は生き残れなかった」
互いにありがとう、と言い合って、そして一緒に笑った。
相合傘
憧れることもあったけど。
誰かと同じ傘に入るなんてことた、
たぶんないと思う。
落下
考えて、考えて、考えてみて。
結果くだらないな、と思った。
学校の下らないいじめだって、どうでもよかった。
強がりとかではなくて、本当に言いたいヤツには言わせておけ、と思ってる。
「はっ、出来もしないこと出来るって言うなよな」
「……っ」
いわゆるいじめっ子が、いじめられっ子を詰る。
何がどうしてこうなったのか、始まりすら分からないけれど、この3階の、ベランダから落ちてみろ、という事らしい。
3階から落ちたら死ぬんじゃないか。
馬鹿馬鹿しいと思うのと同時に、教室の空気も悪すぎて俺は立ち上がる。
椅子を動かした音で、全員の視線を浴びるが、気にせずにベランダに向かった。
「おいなんだよお前…」
いじめっ子がなんだか急に慌てた声をだした。
ベランダの柵に乗って、下を眺めるとやっぱりすこし高かった。
後ろで「おいばかっ」「危ないよ!」「止めよう」「いや、出来るわけないって」と口々に言うけど別に止まる気もない。
歩くような気分で、地面に向かってダイブした。
少しの落下感。
そして、衝撃。
結論から言えば俺は怪我をした。
割と綺麗に受身をとったけど、少し入院した。
体の心配よりも頭の心配をされた。家族も同様に。
「ごめんね」と謝ってきたのはいじめられっ子である。
「なにが」
「僕のせいだから」
「違う」
「でも、あの時、飛び降りるって話したのは僕なのに」
「俺は好奇心であの日飛んだ。その前の話は知らないし、たぶん俺の頭が可笑しいだけだ」
「でも……」
「思ったよりも滞空時間が短くて残念だった」
考えて、考えて、考えてみた。
入院中までも考えてみた。結果思ったよりも。
「飛び降りは自殺に向いてないな」
残念だった。
いじめられっ子が泣き始めたので、「俺がおかしいんだよ」と俺は笑った。
あいまいな空
綺麗でも、汚いでもない、
鮮やかで、綺麗で、残酷
どこにも行けそうで、行けない
そんな色の空