夏野

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6/21/2024, 9:49:09 AM

あなたがいたから

子供の目はとても雄弁だった。
置いていかないで、と。

思わず舌打ちした。一人だけなら、誰かに飼われる形で、生きていけるかもしれないと思っていたからだ。
それでも頭に浮かぶ未来は悲惨なものばかりだ。一人でも生きていくのに必死なのに、自分よりも年下の女の子を連れて行けると思えなかった。

するとすぐに子供の目がどんどん滲んでいく。泣くのかと思えば声も出さずに涙が零れていく。
自分で拭うこともせず、俺を見て立ち尽くす。

その涙が、とても綺麗だと思ったのだ。
嫌な未来がどうしても頭をよぎるが、置いて行くことも出来なくて、生き残るために考えていた計画は諦めて、俺はその子供の腕を掴んだ。

「行くぞ」
子供の反応を待たずに歩き出す。
後ろで「ありがとう」と小さな声が聞こえた。

戦争だらけだった世界は、何ひとついいことも無く、多くの国と人間に被害だけを齎した。自治なんてあってないような世界で、子供二人で生きるのは過酷だった。

それでも生きてこれたのは、多分一緒にいてくれたからだと思う。

「あなたがいたから、わたしは生きてられるの」
昔よりも雄弁に話すようになった彼女が言う。
「それは俺の台詞だな。一人だったら、俺は生き残れなかった」

互いにありがとう、と言い合って、そして一緒に笑った。

6/20/2024, 7:08:31 AM

相合傘

憧れることもあったけど。
誰かと同じ傘に入るなんてことた、
たぶんないと思う。

6/18/2024, 1:46:33 PM

落下

考えて、考えて、考えてみて。
結果くだらないな、と思った。

学校の下らないいじめだって、どうでもよかった。
強がりとかではなくて、本当に言いたいヤツには言わせておけ、と思ってる。

「はっ、出来もしないこと出来るって言うなよな」
「……っ」

いわゆるいじめっ子が、いじめられっ子を詰る。
何がどうしてこうなったのか、始まりすら分からないけれど、この3階の、ベランダから落ちてみろ、という事らしい。

3階から落ちたら死ぬんじゃないか。
馬鹿馬鹿しいと思うのと同時に、教室の空気も悪すぎて俺は立ち上がる。
椅子を動かした音で、全員の視線を浴びるが、気にせずにベランダに向かった。

「おいなんだよお前…」

いじめっ子がなんだか急に慌てた声をだした。
ベランダの柵に乗って、下を眺めるとやっぱりすこし高かった。
後ろで「おいばかっ」「危ないよ!」「止めよう」「いや、出来るわけないって」と口々に言うけど別に止まる気もない。
歩くような気分で、地面に向かってダイブした。

少しの落下感。
そして、衝撃。

結論から言えば俺は怪我をした。
割と綺麗に受身をとったけど、少し入院した。
体の心配よりも頭の心配をされた。家族も同様に。

「ごめんね」と謝ってきたのはいじめられっ子である。

「なにが」
「僕のせいだから」
「違う」
「でも、あの時、飛び降りるって話したのは僕なのに」
「俺は好奇心であの日飛んだ。その前の話は知らないし、たぶん俺の頭が可笑しいだけだ」
「でも……」
「思ったよりも滞空時間が短くて残念だった」

考えて、考えて、考えてみた。
入院中までも考えてみた。結果思ったよりも。

「飛び降りは自殺に向いてないな」

残念だった。
いじめられっ子が泣き始めたので、「俺がおかしいんだよ」と俺は笑った。




6/15/2024, 9:21:45 AM

あいまいな空


綺麗でも、汚いでもない、
鮮やかで、綺麗で、残酷

どこにも行けそうで、行けない
そんな色の空

6/13/2024, 4:18:27 PM

あじさい

家族と顔を合わせるのも、家に帰るのも面倒。
仕事終わりに軽く食べて、そしていつものバーへ。

ゆったりとした、音楽が流れる店内で、何となくいつも座るカウンター席に向かう。
流れるように注文をして、強めのウイスキーを頼む。

帰りたくないと、そう思う日もある。
けど、帰らなければ妻がきっと激怒するし、娘の冷ややかな目もだいぶキツイ。
少しは優しくして欲しい。
仕事もキツイし、何もいいことがない。

とりあえず酒で誤魔化す日々。俺の癒しは一体どこに消えていったのだろう、と思う。
結婚当初は優しい妻だったのに、どうしてこうも変わってしまったのか。

勢いで二杯目を頼み、これで終わらせて帰ろう、とそう決意した。

していた、んだけど。

バーともなれば知らない人達と楽しく話をすることも、よくある事だった。
同じような境遇の男性のこともあれば、優しい女の人と話すこともあって。
そう、日本人って身内に厳しくても他人には優しいよなって、そう思う。
これっぽっちも、そんなつもりはなかったのに、アルコールの力とストレスは怖いと思う。

気付けばホテルなんかに入ってたりして、お互いに気楽な感じで話せて、そう、とても気楽だった。
頭の中でこれって浮気、じゃなくて不倫になるのかな、と冷静な自分が言うのに何も止まらなかった 。



少しの二日酔いと、家族への罪悪感と、絶対に妻に怒られるのだろうという恐怖が全部一気にやってきて、死にそうな気分で帰路に着いた。

最低な気分で帰った家では特に何事も起きなかった。
明らかに顔色が悪かったのだろう。過去にないほどに妻に心配された。

そして俺は一夜の過ちとして、何も無かったことにした。
それが精神衛生上、いちばん良いと、今でも俺はそう思う。


あじさい
花言葉、浮気。

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