街
この一年で世界は大きく変わった。
多分、ものすごく良くない方に。
ここは水の街。地上は水で埋まり、移動手段に舟が必要になってしまった。
人体の液体化現象。
ある日突然、人間が水になって消えるという、得体の知れない現象が起きた。
人が亡くなる度に、水かさが増えていく。
原因不明だし、全員がなる訳でもない、らしい。
有り合わせで作った舟はとても心もとないが、今となっては生活に必要なものだ。
世界の半分以上が水に浸かってしまっても、人類はまだまだ強かに生きている。
食料の配給もあるし、マーケットもある。今は大きなマンションの屋上で畑を作ろうと努力してる人達もいる 。
「世界の終焉説、だと。読み物としては面白かったぞ」
買い出しから戻れば同居人から新聞を渡された。
そう。こんな状況になったって新聞はニュースの伝達に重宝され、ついでに娯楽のようなゴシップやら読み物が乗る。
電気が不安定だからどんどんアナログになっていくのは面白い。
「このまま、みんな死んじゃうんですかね」
「さぁ? 俺はなんだかんだ生き残ったヤツらが近い未来に水上を開拓する未来が見えるよ」
新聞には水上都市計画、という文字が見えて、確かに、とわたしも笑った。
岐路
人生の岐路は沢山あるけど、わたしはいつだって何も選べない。
ただ、流されるまま、先に進むのだ。
世界の終わりに君と
「とりあえずサッカーやろうぜ!」
その場にいた全員が一度凍りついたみたいに動きを止めた。もちろん自分も止まる。多分呼吸までも止まったと思う。
そして馬鹿みたいに早鐘になり呼吸が荒くなった。
呼吸が苦しく感じたが、先程よりは随分とマシだ。
「お前馬鹿だろ」
誰かが言った。
俺も同意した。算数のテスト0点を取った本物の馬鹿だ。とうとうトチ狂った、と思わざるを得ない。
いつも通りの口調でバカバカしいと口にしながらも、みんな不安で表情だけはおかしい。だが、その馬鹿だけは「おれ、ボール借りてくるな」と呑気に笑って教室を出
ていった。
「おい待て馬鹿っ」
1人で突っ走っていくので俺も慌てて飛び出す。
バカ担当よろしく、と後ろから声がかかったので、右手だけ軽く振っておいた。
その馬鹿はどうにもサッカー部の部室を目指していたらしい。
途中で表情の強ばった先生に遭遇したが無視だ。
無駄に足が早いから追いついた時には部室に着いていた。
「なぁ、なんでいきなりサッカーしようなんて言ったんだよ」
「みんなで出来るし、人数少なくても出来るのってサッカーくらいかなって」
「あと数時間で世界が滅びるって、お前だって聞いてたろ? なら家に帰って、」
そして言葉が止まった。家に帰って? その後どうするのか、とても想像出来ない。
というか、直前の告知すぎる。本日、あと数時間で世界は滅ぶでしょう、という言葉と専門家の難しすぎる説明によって、世界の終わりについての認識が追いついたところだ。
ネットニュースではデマだの、抗議するだの、言ってる人間がいて、この人たちは認めずに最後の最後まで政府の対応に批判して終わるのだろうか、と変なことを考えてしまい自分がどう過ごすか、なんて考えていなかった。
「最後を家で過ごすって? 家族はまだ帰ってきてないだろうし、1人になって今までの後悔とか、グダグダ考えそうだ。だったら、俺はみんなとサッカーしてたい」
馬鹿の言葉に確かに、と納得してしまった。
「帰りたい人は多分もう帰ってるだろ? 何人残ってるかな…」
「なぁ、お前、誰も教室に残ってなかったからどうすんの?」
「お前と2人でサッカー」
「俺も帰ったら?」
「リフティングの記録更新目指すさ」 と笑った。
何人かは帰ったが、大半残っていた。
理由はみんな同じで、最後の数時間を、何をしたらいいのか分からないと言った。
チーム分けは適当で、時間制限無し、審判も無し。
とにかくボールを追いかけて、とにかくゴールに入れるだけ。
始めてしまえばある種の恐怖も落ち着いたのが分かった。運動得意組が全力でボールを追い、運動苦手組がのんびりと走りながら愚痴とか暴露大会とかしてて、面白かった。
俺たちは力尽き果てるまで、全力でサッカーをした。世界が終わるその瞬間まで、世界で1番楽しく過ごした集団だと思う。
突然。
なにかに殴られた様に身体が宙投げ出された。
本当に世界終わるだなと、意識を失う前にそう思った。
最悪
最近買った雨晴兼用の傘。
外出時の必需品はもちろん持っていて気分が上がるものがいい。可愛らしいささやかな刺繍に一目惚れした。
だから、外出が楽しくて仕方がない、のだが。
「リモートワークなんだよなぁ」
自分で選んで、楽しく働いているとはいえ、外出の機会があまりない。本当にない。
買い物は週末にまとめ買い派だし、一緒に出かけてくれるような友達も正直居ないし。
「週末、お出掛けするかぁ」
お出掛け、と言ってもひとりで外出するだけなんだけど。
そして週末。
念願?の外出である。目的地は家から少し離れたショッピングモール。出掛けないとはいえ、お出掛け用の服がとことんないので買いに行く。
6月の日中はもう日差し強いし、日傘日和だ。
気分よく家を出て駅をめざし始めた。
日傘で太陽を遮って気持ちよく歩いていた時、
日傘に、ボタッと、なんだか嫌な感じの音と重さを感じてピタリと足が止まった。
頭上の傘を見上げて、まさか、そんなことあるわけないよな、嫌な感じと予感と、絶望感を持って恐る恐る傘を畳む。
「……」
これは夢だ夢だ、お願い夢であってください。
という私の願いは通らず、傘には鳥のフンがべっちゃり、とついてた。
それはもう、ベッチャりと。
私はそれを無表情で見つめた。
買ったばかりだった、可愛くて一目惚れして買った傘。
……え、捨てる?
そんなまさか。洗って使います。
……洗うの?誰が?
自分で洗うしかないでしょうが。
……いつ?
えーと。今から?
逡巡したあげく、くるりと反転して、家に戻る道を辿る。
こんな最悪の気分で買い物なんて行ったら、なんでも買っしまいそうな気がする。
ストレス買い、良くない。
……この傘本当にどうしようかなぁ。
手に持つそれを、もう差す気にもなれない。
本当に、最悪だ。
誰にも言えない秘密
「あ、誰にも言わないでって言われてたんだ。ごめん、忘れて!」
思わず話しちゃった、とちょっとだけ可愛こぶる。
そんな私に彼はすぐに青い顔になった。
「言わないでって言われたこと言うなよ!そして俺に言うな!なんでお前はいつもいつも俺に話すんだよ!?」
声が大きくてファミレスの中での注目を浴びたが、当人は、「俺は聞いてない、聞いてない…」と小声で呟き始めていて気づいてない。
これはいつもの呪文だ。彼にとってのおまじないで、呟けば直前に聞いたことを忘れられるらしい。
私はそれを、とても素敵な呪文だと思ってる。
「ほんっと、そういうところだよ」
「何が?」
「お前がモテない理由だ。ていうか、お前が失恋したから話聞けって、俺を呼び出しただろうが」
「そうでした」
忘れてんのか?若年性健忘症?と哀れんだ目で見られて、とても心外だ。
「なんだってお前の話から、他人の秘密の話になるんだ……」
「なんとなく?」
「人の秘密なんて知るもんじゃないし、言いふらすものでも無いだろ?本当に、もう俺の前だけはやめてくれ」
「努力はしてるんだけどなぁ。で、なに?これが私のモテない理由って、どういうこと?」
彼は嫌そうな顔を真剣な顔に変えた。
「守秘義務を守れないやつにろくな奴はいない」
手をぽん、と叩きたくなるくらい納得した。
「 絶対に言わないから安心してね」と約束しといて、他人にあっさり喋っちゃうような人は信用するべきじゃない。
つまり、私である。
「お前って秘密とかなさそうだよな。全部ボロっと話してそう」
「確かに秘密ってないかも。知られても別に困らないしね」
「本当にお前に話すことだけは、内容に気をつけることにするわ」
「そうして。私、嘘つけないからさ、思わずポロッと出ちゃうと思うし」
そう、警戒するべきは私なのだ。
「てことは、何か秘密があったりするの? 誰にも言わないから教えてよ」
「今の流れで教えるバカはどこにもいない」
「えーケチ」
くすくす2人で笑う。
私は彼に嘘をついた。
私にだって、秘密くらいある。誰にも言えない秘密が。
そして記憶力はものすごくいい方だ。
何もかも覚えてるし、何もかも忘れられない
忘れられないのに、他人の秘密なんて私は抱えていられない。
だから、私はポロッと話す。
“聞いてないこと”に出来る人に。
「また誰かの秘密入手したら連絡するね」
私はにこりと笑い、彼はガックリ項垂れた。