失恋
大きな庭で、4人で遊んだ。
彼は王子だった。だが、子供の頃は正直あまり関係なく遊んでいた。
王子と、彼の従者と、有力貴族の娘のわたくしと、彼女。
「王子さま、こんなに小さいサナギが蝶々になるんですって。生命って不思議ではありませんか?」とわたし。
「蝶になる前は存在が薄いとはな!まるでこやつのようじゃないか!」と目をきらきらさせた王子。
「私は王子の側近ですよ。存在感を消すのは当然のことです」と従者。
「もう、王子さま! 今日は生物の観察ではなくわたくしはお茶会をしたい、と申しましたのに!」いつもこうなるのですわ!と嘆く彼女。
これがいつもの風景だった。
時は過ぎ、身長差があるようになると、もう昔のようには遊べなくなった。
基本はお茶会で、時々遊戯。庭を走り回るなんて真似はもう出来ない。
☆
わたしは王子に好きだなんた言ったことはない。
態度に、出したつもりもない。
わたしと王子の熱愛報道なんでものが出てびっくりした。
「あの方に近づくのは金輪際やめてくださいな」
2人だけのお茶会で、彼女が言う。
机の上には例の熱愛報道が置いてあり、わたしは優雅にお茶を口にする。
わたしと彼女では、立場は彼女の方が上なのだ。
気さくで優しい王子が大好きで、王妃になるための努力を惜しまないような立派な方である。
「もちろん、分かっていますわ。変に騒ぐ方がこれ以上増えると困りますもの」
王子と結婚したければ、それ相応の教養が必要。
年回りがよく、家柄も問題ないわたしと彼女は候補筆頭なのだ。だがしかし、我が家は王妃を望んでいない。
何度か公言しているのに、誰も信じてくれない。
「研究所も、わたくしか辞めます」
「……よろしいの?」
「ええ、そろそろ辞めようと思っていたのです。私の婚約もそろそろ決まるのです。こんな噂は直ぐに消えますから、安心して下さいな」
わたしはニッコリと笑い、彼女が淑女の顔を取って目を丸くした。
「わたしと王子の接点は今研究所だけですからね。私が辞めれば噂も大きくはなりません」
熱愛報道が出た理由は何となく想像がつく。
わたしと王子は同じ研究所に所属し、似たような研究をしてる。というか、共同研究までしてる。
わたしと研究出来て嬉しいとか王子が言うから、勘違いするやつが出るのだろう。
わたしと王子は生態系に興味があるか、互いには一切関心がない。恋愛感情ではなく、ただの同僚って気分だった。
わたしは、仕事のために存在感を消せるような男が好きだ。
王子ではなく、王子の従者。
王子には近寄らないと言ってしまったし、つまりは王子の従者にも近付かない。
それに、婚約が決まりそうなのは本当のことだ。
結婚は義務なのだから、会わない方がいいに決まってる。
伝えもできない失恋。
目の前の喜ぶ彼女が羨ましいと、少しだけ思った。
正直
学校、というものに憧れたことがある。
幼稚園は通ったが、小学生は一度も行っていない。
毎朝、ランドセルを背負っていく子供たちが、ちょっーとだけ羨ましかった。
「今日の運勢っと。ふんふん、なるほどね。ママは今日は三時から六時までお仕事するわ。夕食はみんなどうする?」
食べるなら作るわよ、と占い道具を片付けながら、母は部屋を見回す。
「今日も政治家先生との会食があるから、俺の分は不要だ」と、スーツのネクタイの位置がいまいち決まらない父が、ネクタイに奮闘して顔を顰めている。
「ふっふ、私は今日家で食べます。今日は通常のお勤めだけですから」と父を見て兄が上品に笑う。
そして僕も「僕も家で食べるよ!」と笑顔で答えた。
母は占い師で、父は呪い師で、兄は祭司で、僕はいわゆる霊媒師。
近所でも有名な“怪しい一家”。
唯一まともそうな母は気まぐれに街頭に占いをしていて、毎日自分の一日の行動を占って、1番いい時間帯で動くようにしている。
僕は占い師はみんなそうだと思っていたが、実は違うらしくてびっくりした。
父は呪い師で、何かと言われれば呪いを生業にしている。良い呪いも悪い呪いも掛ける、とは父談。
政治家の顧客が大半らしいく、それを知った僕は世の中は物騒だと思った。
兄はどうも神様が視えるらしい。
あまり聞いてはいないが、神隠しにあって、かなり危険だったという。
だから良心的な神様に守ってもらうのだと、どこかの司祭になった。
祟られるのは嫌だから、兄の神様について僕は聞かないことにしている。
そして僕は幽霊ばかり見て、変なことばかり言う子供だった。霊媒師という分類になる。
幼稚園の頃、見えない友達ばかりを増やして、周囲の子供たちに気味悪がられまくった。
結果的に僕が小学校に通えなくなった原因である。
なにせ、幽霊さんは沢山いる。そして見知らぬ単語を僕に教えて、僕はつい口に出して、周囲の大人も子供もドン引かせる。
ポルターガイスト的なことも何度かあり、僕と同じ学校に通いたくない、という子供が続出した。
いま僕は心霊現象研究協会で個別指導を受けている。
普通の小学校に通ってみたかった気持ちはもちろんある。
けど、僕は正直、家族の仲間外れみたいにならなくて良かったと思っている。
過保護な幽霊さんたちも沢山いるしね!
梅雨
長い雨と、湿気と、雨の日の独特のにおい。
それがきらいで、嫌な季節。
無垢
目が合って、可愛く笑い、小さな手で指をギュッと掴まれたら、心臓を容易く掴まれてしまった。
そんな赤ちゃんを拾って6年。
赤ん坊の時から可愛く笑う子供が、可愛い少年になった。
基本的に自給自足の生活だ。
家の前で小さな畑と、家畜たち。あと防犯用に犬を飼育している。
そして今、わたしの目の前では天使(少年)と天使(犬)が戯れている。
思わず作業の手が止める。無邪気で可愛い。
けれど、もう6歳になるから、そろそろ勉強も教えないとならない。わたしが教えるか、学校に通わせるか。
無垢なままでいて欲しい、と願うのは大人のわがままだと知っている。
もう少し天使たちの戯れを堪能するか、と、わたしは問題の先送りを決めた。
終わりなき旅
天秤に乗るのは、いつだって自分の命である。
ついでに、何かが起きる時は、だいたい唐突で、心の準備なんてする時間はない。
「おい、逃げるぞ。早く準備しろ」
言われれば慌てて飛び上がって、荷物を背負う。リュック一つが、わたしの全財産。それ以上は持てないし、持っては行けない。
最初はどうしても手放したくなくて、大きいボストンバッグも持っていたけど、気づいた時には手放していた。
相棒となった男は決して自分の荷物以外は持たないし、わたしは体力と腕力が足りなくて、ずっとは持っていられなかった。
荷物より、命が大事。
その次に、お金で、食料。
今のわたしをお母様が見たら泣くだろうな。
先行する男の後ろを追う。
廃墟の街中をジグザグに進むので、もうわたしには方向が分からない。
「何が、あったんですか」
男がチラリとわたしを見る。美形は無表情だと怖い。
「イカサマがバレた。捕まると面倒だ」
「……そうですね 」
「安心しろ、金は回収出来た」
さすが詐欺師、と言えばいいのか悩む。
それとも、お金があって重畳、とでも言うべきか。
わたしは男のことを知らない。
男はわたしを知っている。そして目的は同じだと言った。
ならば、どうなろうが構わないと思った。
王女、と呼ばれたわたしが普通に、平民として生きれるような場所にいつ辿り着けるのだろうか。
終わりの見えない道を、とても胡散臭いけれど、唯一信じられる人と旅をする。
終わりなんて来なければいいのにね。