夏野

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5/23/2024, 9:15:37 AM

また明日

わたしの毎日は草花を愛でること。
草花にあいさつをして、水をやり、時々やってくる人間に売る。人間と関わるとろくなことは無い。
だからこそ、人里離れた場所に店を構えているのに、最近は毎日のように大柄な男がやってきては居座る。
営業妨害だ、と思う。

「おい魔女、今日こそ薬をくれ」
「わたしは魔女ではありませんし、ここは薬屋ではなく花屋なので薬はありません。薬は町の薬屋さんへどうぞ」
「俺が欲しいのは魔女の薬だ。町では売っていない」
「そうですか。では、ほかの店をあたって下さい」

そして二度と来るな。わたしの気持ちは男にはまったく通じなかった。
しばらく店内を見回していた。ぽつぽつと質問されて、答えて、違う話をして。

ようやく日が落ちた頃、男が動いた。

「……また明日来る」
「……そうですか」

いや来るなよ。
また明日、だなんて、言われても、困る。
困るんだよなぁー……。
また明日なんて言いながら、明日誰も来なかったら、少し寂しいじゃないか。

少し変わってきた気持ちが変でなんだかくすぐったい。

「さてみんな、おやすみ」

わたしの一日の終わりは草花への挨拶。
また明日。

5/20/2024, 12:02:53 PM

理想のあなた

あなたはわたしの理想だけど、
わたしはあなたの理想なのかしら

理想って難しい

5/16/2024, 9:01:22 AM

いま、幸せだったら、
過去に後悔することはない

いまが不幸だとしたら、
過去を後悔するかもしれない

いま私は幸せだと思う
何も後悔していないから

5/14/2024, 12:24:53 PM

【⠀風に身をまかせ⠀】


「怖いの? あんた、楽しそうにしてたくせに」
「うるさい」

サークルでスカイダイビングに来た。
楽しそうにしていたのは事実だし、楽しく思っていたのも事実。

でも、実際に空へ飛んでしまえば、忘れてた恐怖がやってきたのだ。怖くて何が悪い。

テレビ番組なんかで、よく芸人とかが飛んでいるし、恐がっているのは演技だろうと思っていた。
恐怖を表に出せる芸人さんが凄い。本当に、怖いのに怖いと言えない。

「大丈夫ですよ。滞空時間はそんなに長くないですから、あっという間に着きますよ」

後ろから声が掛かる。
そんなことが分かっていても、簡単に消える恐怖じゃないんだってば。
言いたいのに、声に出ない。

死なないと分かってるのに、命を投げ出す行為をする。スリルを味わうアクティビティだと思っていたし、納得もしていたのに、怖い。

でも時間はやってくる。
「お先〜」
さっき声をかけてきたやつが先に落ちた。
落ちたとしか言いようがない。
そして次のやつも楽しそうに空に消えた。
そして、次は俺。
怖い、怖い。でも、後ろから追い立てられるように縁に立って、気付いたら空に放り出されていた。

声なんて出なかったけど、地上の小ささに自分のいる高度の高さを感じた。
不思議だけど、飛ぶまでは怖いけど、飛び出てしまえば思ったより怖くなかった。

急にガクンとなって、パラシュートが開いた。速度が急激に遅くなった。
凄いなパラシュート。

そうして空の旅はあっという間に終わって、気付いたら地面に足が、というかおしりが着いていた。

「あっという間だっなー 」
「ほんとになぁ。記念にカメラ入れればよかったかなぁ?」

少しの恐怖と楽しかった空の短い旅。
自分の感想はもう二度とやりたくない。
ただ風に身をかせるのもいいなと、それだけ思った。

二度とスカイダイビングはやらない!

そう熱弁したら、「じゃあ次は海の中だな。普通のダイビング行こうぜ」と誰かが言った。

……サークル、辞めようかな。身が持たないもん。誰かが言ったその言葉に、俺はものすごく同意した。
サークルってこんなんだったっけ?



5/14/2024, 10:00:16 AM

【⠀失われた時間 】

寒い、お腹空いた、まだ来ないの?
ママ、早く来て。

雪の降る夜、5歳くらいの子供が木の根元にひとり蹲っていた。
子供はわたしを見て、てんしさま?と首を傾げた。
「助けて。寒くて、お腹がすいて、ママが居なくなっちゃったんだ。僕、このまま居たら死んじゃいそう」
「あなたは随分と口達者ね。おいで。暖かいところに移動しましょう」

わたしはその子供にセツと名付けた。
セツはすくすくと育ち、気づけば拾ってから5年。
いつだって手放せるように人間の学校に通わせている。だからか、以前よりも質問が増えた。

「リリって魔法使わないよね? なんで?」
「生活に魔法は必要ないもの」
「じゃあさ、魔法使わないのに、どうして、街に住まないの? リリが、悪い魔女だから?」
「良い魔女、なんてものは居ないと思うわ」
「ねぇ、リリはいつか僕を食べちゃうの?」
「食べないわ、セツ。わたしは、というか魔女は化け物じゃないのよ」

人肉なんて食べるものじゃないし。そうつけ加えたらセツが泣き出しそうになった。ごめんごめん、と頭をポンポンと撫でる。
耐えきれなくなったのか、学校に対する不満と愚痴とわたしに向けられる悪意 についてを混ぜ合わせながら泣き喚いた。
泣いている癖に聞き取れるように文句とわたしの賞賛を交互に口にするので、器用に育ったものだと感心した。

それから8年。
18歳になった少年は、青年と言っていいくらいに大きくなっていた。
わたしの家は私の大きさで作ってあるから、もうセツには狭い。

「そういえば、セツはわたしの魔法が見たいって言ってたわね。せっかくだし、見せましょうか」
「今更見せなくていいよ。というか、何か企んでそうで嫌だ」
「あら、鋭くなったわね。でも残念。セツには拒否権ないもの」

途端にセツの体が硬直した。まだ何もしてないのに。

「セツは、わたしが魔女としてなんと呼ばれているか知ってる?」
「記憶の魔女」
「そうも呼ばれてる。魔女って嫌になるわ。別名が沢山あるの。どれも本当で、どれも嘘。なのに本質は合ってる。わたしの得意魔法は記憶に関するもの」
「……つまり?」
「記憶を食べちゃう魔女なの。忘却の魔女って言われることもあるし、そっちの方が的を得ているけど、どうにも好きじゃないのよね」
「記憶を食べられたら、俺はどうなる?」
「さて、どうなるかしら?」

わたしは呆然としているセツの前に立ち手をかざした。魔法陣がセツの頭上に浮ぶ。

「まって、最後に話を……」
「ごめんね、セツ。さようなら」

魔法陣が光を放って、セツに降りかかり、小さな光の塊になる。
その光は集約して、私の手元にやってきた。
魔法陣があった下には、大きくなったセツはいない。

そして繰り返す。

「てんしさま、助けてください」

そこには5歳くらいの子供がいて、わたしはその子供をまた拾った。

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