夏野

Open App

【⠀失われた時間 】

寒い、お腹空いた、まだ来ないの?
ママ、早く来て。

雪の降る夜、5歳くらいの子供が木の根元にひとり蹲っていた。
子供はわたしを見て、てんしさま?と首を傾げた。
「助けて。寒くて、お腹がすいて、ママが居なくなっちゃったんだ。僕、このまま居たら死んじゃいそう」
「あなたは随分と口達者ね。おいで。暖かいところに移動しましょう」

わたしはその子供にセツと名付けた。
セツはすくすくと育ち、気づけば拾ってから5年。
いつだって手放せるように人間の学校に通わせている。だからか、以前よりも質問が増えた。

「リリって魔法使わないよね? なんで?」
「生活に魔法は必要ないもの」
「じゃあさ、魔法使わないのに、どうして、街に住まないの? リリが、悪い魔女だから?」
「良い魔女、なんてものは居ないと思うわ」
「ねぇ、リリはいつか僕を食べちゃうの?」
「食べないわ、セツ。わたしは、というか魔女は化け物じゃないのよ」

人肉なんて食べるものじゃないし。そうつけ加えたらセツが泣き出しそうになった。ごめんごめん、と頭をポンポンと撫でる。
耐えきれなくなったのか、学校に対する不満と愚痴とわたしに向けられる悪意 についてを混ぜ合わせながら泣き喚いた。
泣いている癖に聞き取れるように文句とわたしの賞賛を交互に口にするので、器用に育ったものだと感心した。

それから8年。
18歳になった少年は、青年と言っていいくらいに大きくなっていた。
わたしの家は私の大きさで作ってあるから、もうセツには狭い。

「そういえば、セツはわたしの魔法が見たいって言ってたわね。せっかくだし、見せましょうか」
「今更見せなくていいよ。というか、何か企んでそうで嫌だ」
「あら、鋭くなったわね。でも残念。セツには拒否権ないもの」

途端にセツの体が硬直した。まだ何もしてないのに。

「セツは、わたしが魔女としてなんと呼ばれているか知ってる?」
「記憶の魔女」
「そうも呼ばれてる。魔女って嫌になるわ。別名が沢山あるの。どれも本当で、どれも嘘。なのに本質は合ってる。わたしの得意魔法は記憶に関するもの」
「……つまり?」
「記憶を食べちゃう魔女なの。忘却の魔女って言われることもあるし、そっちの方が的を得ているけど、どうにも好きじゃないのよね」
「記憶を食べられたら、俺はどうなる?」
「さて、どうなるかしら?」

わたしは呆然としているセツの前に立ち手をかざした。魔法陣がセツの頭上に浮ぶ。

「まって、最後に話を……」
「ごめんね、セツ。さようなら」

魔法陣が光を放って、セツに降りかかり、小さな光の塊になる。
その光は集約して、私の手元にやってきた。
魔法陣があった下には、大きくなったセツはいない。

そして繰り返す。

「てんしさま、助けてください」

そこには5歳くらいの子供がいて、わたしはその子供をまた拾った。

5/14/2024, 10:00:16 AM