「なんでこの間あげた手袋してないの?」
待ち合わせ場所に着いた彼が、私に向かって開口一番にそう言った。彼は頬を膨らませて、不満アピールをしている。
私はカバンから、彼からもらった手袋を出した。手編み風の毛糸の手袋で、冬らしい温かみのある白が私好みだ。彼はこの間のクリスマスの時にプレゼントしてくれたのだ。
持ってきているのに身につけていない私に、彼は首を傾げた。
「ごめんなさい、私には大きいの」
私は手袋の片方を手に嵌めて、指先を摘んだ。本来人の指が届いているはずのところは何もなく、ペタンと潰れてしまった。
彼は目を大きく見開いて、次の瞬間には眉を下げた。
「ごめん、ちゃんと婦人用サイズで作ったんだけど。まさか、婦人用よりも小さいだなんて」
「えっ作った!?」
私は、彼の言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。彼は手袋をはめた私の手を取って、恐る恐る指先を触っている。
「うわ、ほんとだ。これは大きいね」
「待って、待って。作ったの? これ作ってくださったんですか?」
「そうだよ?」
私はさらに悲鳴を上げた。前から手先が器用だと思っていたけど、ハンドメイドできるほどだったとは思ってもいなかったのだ。
私が驚いている隙に、彼は私の手から手袋を抜き取った。
「もう一回作り直すね、今ので大体のサイズ感わかったし」
「えっでも手作りでしょう? 私これが欲しいよ」
「うん。でもサイズ合わないと寒いし。だから、これ一回解いて、また編み直すよ」
初詣の時、楽しみにしてて。
彼は上着のポケットに手袋を仕舞うと、彼の手が私の手をすっぽりと包み込んだ。彼の手もとても冷えていたが、お互いの体温で温まることが私には心地よかった。
初詣に行く日。待ち合わせ場所に向かうと、そこでは笑顔の彼と、ひと回り小さくなった手袋が私を出迎えてくれた。
『手ぶくろ』
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今年の冬休み、最大九日だって。
私? 一日。
『冬休み』
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休み取れるほど人手に余裕ない職場の末路。
お休みの方はゆっくり休んでください。
お仕事の方は体調崩さないように気をつけていただいて一緒に乗り切りましょう。
昔、この辺りはそれはそれはとても美しい情景だった。瑞々しい緑に、色とりどりの花々が咲き誇っていて。ほら、あそこに少しだけ溝があったでしょう。あそこは透き通るほどの綺麗な川が、あの山から流れてきてたんです。
私はその景色が大好きで、小さい頃から家事手伝いをサボってはここで駆け回っていて。母には叱られたものです。
人の心は変わる。
情勢も、流行も、モノや形も。
でもここから見る景色だけは、私の小さい頃から変わらなかった。
ずっと、変わらないものだと思っていた。
今や、ご覧の通り。
川が枯れ、草木の痕跡はなく、大地の肌が見えている。私の好きだった景色は、見るも無惨なこの有様になりました。
挙句、今度はあなた方が開拓地として選んだって。
都会のように建物がいっぱい並ぶ、近未来の都市にされるんでしょう。
いいんですよ。こんな年寄りの戯言など聞かなくて。
ただ、このやるせない気持ちを、吐き出したかっただけなんで。
『変わらないものはない』
珍しく二十五日がお休みだったんです。
でも我が家は二十四日の夜にフライドチキンとケーキを食べるので、翌日はその残飯を貪る感じですね。
どこかに出かけたか?
ええ、まあ、用事がありましたので午後からですね。
えぇっデート!?
そんな、そんな、恐れ多いです。
私なんか、病院ハシゴするだけで十分です。
年末年始お休みですからね。年明けに回せないものは今のうちに受診しないと、ね。
『クリスマスの過ごし方』
「クリスマスケーキいかがですかー!」
隣に並ぶアヤが声を張り上げる。行き交う人々はチラリとコチラを見て、そのまま通り過ぎる。
「ほら、シズちゃんも」
アヤがコソッと肘で私を突きながら声を掛けてきた。私はため息をついて、顔を上げる。
「美味しいっすよ。マジで。いかがっすか」
「ダメ、もっと可愛く」
「できるわけないじゃん。トナカイよ、私」
コンビニのマドンナなアヤは、店長から早々にサンタ役を任された。毎年コンビニ前でケーキやフライドチキン(と称したホットスナックのチキン)を販売しているのだが、その役にアヤは立候補した。女の子の隣には女の子、という謎の理論で同じシフトの私もやる羽目になったのだ。
サンタ服や私が着ているトナカイの着ぐるみは、コートの上から羽織れるようにビッグサイズ仕様だ。男の人にとっては標準サイズのため、結局適任なのは女の子なのだ。
他の男子バイトの人たちはトナカイの角のカチューシャかサンタの帽子を身につけている。店長はなぜかトナカイの角にサンタの白い髭という風貌で、平然とレジ打ちをしている。お客さんがコンビニから出てくるたび「角に髭」「長老トナカイ」等呟いている声が聞こえた。
「トナカイ界隈にだって可愛いメスいるってば」
「かわ、いい?」
「ほら、つぶらな瞳とか、角の形が綺麗とか」
考えたこともない発想に思わず唸った。
人通りが増えてアヤが大声で呼びかける中、私は可愛いトナカイについて考えていた。
風貌はつぶらな瞳に美しい角、整えられた毛並み。立ち姿は凛としていて、駆け回る姿は戦士のように勇ましい。きっと群れから逸れたトナカイを心配して連れ戻しに来るような、優しい心を持っているのだ。
そんなトナカイに、私が、なる?
私は愕然としてテーブルに両手をついて顔を伏せた。
「無理だ、解釈違いだ」
「あ、出た。解釈違い」
「やっぱり私には可愛いトナカイを演じることは難しい」
「私としては体育会系のトナカイの方が難しいと思うけど」
あ、いらっしゃいませ!
アヤはいつの間にか目の前にいたお客さんへ挨拶した。私も気を取り直して顔を上げた。
「すげぇ、サンタとトナカイだ」
「すみません、ケーキ一つください」
「なぁ、めっちゃ可愛くない?」
「ここってバーコード決済できます?」
「サンタが可愛いのはもちろんだけど、モコモコ冬毛なトナカイも可愛くない?」
「じゃあ現金で」
「ねぇ、聞いてる?」
「逆に聞く必要ある?」
淡々とお会計をする男の子に対して、ひどいと笑っている男の子。面白い組み合わせだけど、同じ高校の制服を着ているからきっと友達なのだろう。
「すみません、ファンサください!」
「あ、そういうサービスはお断りしております」
ズバッとはっきり断ったアヤに、塩対応と笑っている男の子。ケーキを買った子はコンビニの袋を下げて、隣の男の子の襟ぐりを引っ張りながら会釈してきた。
なんだか賑やかで、でもほっこりしてしまった私は、両方の人差し指と中指を繋げてハートを作ってみた。もちろん、ケーキを買った男の子に対してありがとうの意味を込めてだが、引きずられた男の子も見ていたらしい。
「ねえ、俺、あのトナカイ飼う!」
「バカ」
「トナカイって何食うんだろ。やっぱり鹿せんべい?」
「なわけ」
ひたすら喋り倒す男の子と、ひたすら冷たく返事する男の子。
私は人目も憚らずお腹を抱えて笑った。
おかげさまで薄い本が厚くなる。
『イブの夜』
「えっ、あー、プレゼントなんですけど。マフラーは去年渡したんで今年はニットとかにしようかなって。サイズ? えーっと、身長一五三センチメートルなんだけど、それくらいのサイズで適当に!」
厚みは?
『プレゼント』