一生懸命走る生徒たち
腕を振り上げて応援する生徒たち
楽しそうに見守る先生たち
楽しげな光景から身を引いて離れる男女ふたり
日陰に並んで座りお互い夢中で話してるふたり
そのふたりの死角では泣く子と慰める子たち
離れたところでボール遊びをする男の子たち
あ、今先生に怒られてやめちゃった
ここまで怒号が聞こえてきて私の肩が跳ねた
去年まではあそこにいたのになあ
見学って楽だけどつまらないなあ
あの輪の中で一喜一憂の青春したかったなあ
課題のプリントを埋めるのも惜しいくらい
外が気になって仕方なくて白紙のまま
私は頬杖立て見下げるしかなかった
『窓から見える景色』
頭痛
歯軋り
目の奥の痛み
顔の痺れ
肩こり
腰痛
関節痛
首の痛み
呼吸が浅い
動悸
めまい
肌荒れ
蕁麻疹
暴飲暴食
食欲不振
衝動買い
疲労感
倦怠感
不安感
緊張感
不眠過眠
その他もろもろ
Q.形が無いのにサインを出すものはなーんだ?
A.ストレス
『形の無いもの』
掴み損ねたり足を滑らせたり。
普段とは違う高さから景色を見たいという好奇心より、ドジして落ちる想像ばかりしていたから苦手だった。
特に、降りようとして棒に足を引っ掛けて顔から着地する想像ばかりしていた。
一度も経験してないし、周りの子もそんな落ち方しなかったのに。
なんで想像できたのか不思議だ。
『ジャングルジム』
「誰か、助けて」
今にも消え入りそうなか細い声。この声が聞こえると、俺は必然的にヒーローというか、スーパーマンというか、まあ正義の味方になる。
今も、起きたばかりの頭を振って無理矢理目を覚まし、窓から飛び出した。寝癖やパジャマは変身してしまえば気付かれないからそのままだ。案の定、窓を飛び出した時点でスーパーヒーローのボディスーツへ変身していた。未だに仕組みがよくわかっていないため、不思議パワーはすごいとしか言いようがない。
屋根の上を渡って開けた公園へ降り立った。確かこの辺りから声が聞こえたはず。周囲を見回していると、泣きじゃくる子どもと子どもを小枝で突く大男がいた。……いや、どういう状況だよ。
とにかく、あの子どもが声の主だと思い、近づいた。
「失礼、呼びましたか?」
「あっ」
「えっどうしよう」
俺が声をかけると、子どもは泣き止み、大男は小枝を落とした。二人してキョトンとした表情を浮かべている。
あれ、間違えたか?
俺が首を傾げると、子どもは大笑いをし、大男は物腰低く頭を下げた。
「すみません! 息子がヒーローごっこにハマってまして、私が、その、悪役を」
「ああ! いや、そうでしたか。すみません、助けてと声が聞こえたので思わず」
「いえいえ、こちらが勘違いさせるようなことを」
「こちらこそ、親子水入らずのところへ駆けつけてしまいまして」
俺と大男が互いに頭を下げて謝罪を繰り返す姿が面白いのか、子どもはさらに声を大きくして笑っていた。お腹を抱えて地面に横たわり、のたうち回っている。
「パパも、おじさんも、変なの」
「おじっ」
「こら、昇! こちらの方は世界の平和を守っていらっしゃるスーパーヒーロー様なんだぞ!」
「スーパーヒーローを名乗るサギがハヤってるってテレビで言ってた」
「し、失礼だな君。詐欺じゃないよ俺は!」
子どものマセた発言に俺は全力で否定した。父親を名乗る大男がより一層速く頭を下げる。
「助けてください」
親子とやりとりしていると、また新たな声が聞こえた。小さく囁くような声に俺の背筋がピンと伸びた。この声は、どうやら俺にしか聞こえないらしい。
「すみません、そろそろ次がありまして」
「ああ、そうですよね! この度は本当にすみませんでした」
「いえ、無事でよかったです。では」
手を振る子どもに振り返し、俺は近くのコンビニの屋根へ大ジャンプした。背後から「おおっ」と歓声が上がったが、それどころじゃない。大きく一歩を踏み出して加速する。あっという間に先ほどとは違った景色が広がった。
この奇妙な親子との出会いがのちの大事件へ繋がるとは、この時は見当もつかなった。
『声が聞こえる』
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(続かない)
今宵の月は、その姿を消していた。分厚い雲に覆われていて、空は灰色がかっている。辺り一体は仄暗く、怪しい気配を纏っていた。
今日も来てくださらないのですね。
蚊帳の中から透けて見える夜空を見上げ、私はため息をついた。お慕いしている彼の方がいつ訪れるのか。今日も夜通しお待ちして差し上げなければならない。
いつからいらしてないのか。考えただけでも切なくて胸が張り裂けそうだったから目を逸らしていた。けれど、日を追うごとに彼の方への想いを募らせるばかりで苦しくてもどかしい。
きっとそれなりの月日は経っている。彼の方が最後に私の元へいらしてくださったのは、確か夏の夜。しとしと降り続いていた梅雨がようやく明け、屋敷の南西にある川の増水が落ち着いた頃を見計らってだった。
他の季節に比べてじっとりとまとわりつく空気で、なんだか会う気分にもなれなかったはずなのに、彼の方にお会いしただけで晴れない気持ちが吹き飛んでしまった。おかげさまでとても幸せで夢のような夜を過ごせたのだった。
その日以降、お姿も、お手紙も頂戴していない。こちらからいくつかお手紙をお送りしたけれど、お返事はいただけなかった。
お勤めお忙しいのだろうか。都を離れてどこか違う土地へ旅立たれてしまわれたのかしら。
もしかして、私に飽きられましたか。
この屋敷から出ない私にとって、彼の方を知り得る方法が何もないのだ。ただ、彼の方がまたここをお訪ねになることをお待ちするしかないのだ。
貴方と過ごした夜をいつも夢に見て、目が覚めては枕を濡らす毎日です。紅葉が色を移り変えるように、貴方の想いが変わってしまったのなら、私はこの先どう生きればよいのでしょう。
日が昇ってしまったことにひどく落ち込みながら筆を取った。書いたお手紙は使いの者へ渡した。きっとあのお手紙にも、お返事はいただけない。
他の生き方など、私は知らないのですよ。
『秋恋』