139

Open App

 今宵の月は、その姿を消していた。分厚い雲に覆われていて、空は灰色がかっている。辺り一体は仄暗く、怪しい気配を纏っていた。

 今日も来てくださらないのですね。

 蚊帳の中から透けて見える夜空を見上げ、私はため息をついた。お慕いしている彼の方がいつ訪れるのか。今日も夜通しお待ちして差し上げなければならない。
 いつからいらしてないのか。考えただけでも切なくて胸が張り裂けそうだったから目を逸らしていた。けれど、日を追うごとに彼の方への想いを募らせるばかりで苦しくてもどかしい。
 きっとそれなりの月日は経っている。彼の方が最後に私の元へいらしてくださったのは、確か夏の夜。しとしと降り続いていた梅雨がようやく明け、屋敷の南西にある川の増水が落ち着いた頃を見計らってだった。
 他の季節に比べてじっとりとまとわりつく空気で、なんだか会う気分にもなれなかったはずなのに、彼の方にお会いしただけで晴れない気持ちが吹き飛んでしまった。おかげさまでとても幸せで夢のような夜を過ごせたのだった。
 その日以降、お姿も、お手紙も頂戴していない。こちらからいくつかお手紙をお送りしたけれど、お返事はいただけなかった。
 お勤めお忙しいのだろうか。都を離れてどこか違う土地へ旅立たれてしまわれたのかしら。

 もしかして、私に飽きられましたか。

 この屋敷から出ない私にとって、彼の方を知り得る方法が何もないのだ。ただ、彼の方がまたここをお訪ねになることをお待ちするしかないのだ。

 貴方と過ごした夜をいつも夢に見て、目が覚めては枕を濡らす毎日です。紅葉が色を移り変えるように、貴方の想いが変わってしまったのなら、私はこの先どう生きればよいのでしょう。

 日が昇ってしまったことにひどく落ち込みながら筆を取った。書いたお手紙は使いの者へ渡した。きっとあのお手紙にも、お返事はいただけない。



 他の生き方など、私は知らないのですよ。



『秋恋』

9/22/2024, 6:17:48 AM