ツバの広い麦わら帽子
眩しく反射する真っ白なワンピースは
腰まで伸びた髪と共に風に揺られて
手には大きくて四角いカゴバッグ
白い肌でも日焼けを気にせず
足元はサンダルか裸足か
彼女の立つ場所は
青い空に白い雲が浮かぶ
どこまでも広がる海に砂浜か
それとも
一面に満開のひまわり畑か
どこで見たか曖昧だけど
誰もが思い浮かべる夏の風物詩
『麦わら帽子』
始まったばかりはワクワクと
途中、長い道のりに飽き飽きと
ここらで一息下車してフラフラと
遊びすぎてウトウトと
そろそろ着くかもドキドキと
旅路が走馬灯になってウルウルと
終わりの地に一歩踏み出した時
僕は一体何者になれたのだろう
『終点』
そもそも上手くいった試しがないんだよね。
ペットボトルは毎回凹んで中身こぼすし。
説明書通りに組み立てても歪んで使えないし。
いっぱい練習しても日常会話が支離滅裂で噛むし。
清書は誤字脱字だらけだし。
塗ればはみ出て切れば曲がって貼れば歪むし。
掴んだ物は大抵一度は滑り落ちるし。
スロープは滑って転ぶし階段は躓くし。
くるりんぱはトゲトゲするし。
眉毛は左右対称に描けないし。
ムラだらけだから崩れやすいし綺麗に直せないし。
やっぱり世の中は器用な人向けに作られすぎ。
不器用な人間の不器用加減、舐めんじゃねえぞ。
『上手くいかなくたっていい』
両親に甘やかされて育ったんだと自覚したのは社会人になってからだった。
先日の仕事中、なんかの拍子で自炊するか否かの話題になり、実家暮らしの私は早々に「料理できない」と申し出た。特別珍しいわけではないはずで、案の定「そんな感じ」と返されて、以降は一人暮らしの自炊組が簡単なおつまみレシピを語り合っていた。なんだか居心地悪くて、でも無理矢理話題の中心へ入っていく勇気もなくて。曖昧に相槌を打ちながら作業する手を早めた。
社会人になって実家で暮らしていることが、年々言い出しにくい空気になってきた。新入社員だったり、まだ二十代の頃は収入が少なく、致し方ないと思われるのだけど。三十代以降はまだ独り立ちしてないのかと、口に出されないが目で訴えられているように感じる。
親がいつまで元気かわからない。いつまで私を子どもとして扱ってくれるのかわからない。元気な今のうちに一人暮らしを始めてしまった方がきっといい。一人で生きる能力は全くないのだけど、徐々に慣れていくしかない。
そう考えているのに、一人暮らしに踏み切れない私はとんだ甘ったれなのだろう。
『蝶よ花よ』
「サヤカ、ちょっといい?」
午前中の練習を終えて、昼休みに入った途端声を掛けられた。部活もクラスも同じで四月ごろまでは一緒にいたミオンだ。
呼ばれるがままついていけば、ギラギラと降り注ぐ日差しを避けて体育館の陰へたどり着いた。てっきり二人きりだと思っていたら、人影があって驚いた。
「お待たせ」
ミオンはそう言って手を振っていた。こちらを見た人たちは、クラスの中心的存在の人たちだった。所謂陽キャと呼ばれる、声が大きくて賑やかな人たちで、私は正直苦手だった。ミオンもジッと睨みつけることがあったから、多分苦手なんだろうと思っていた。
ただそれは私の勘違いで、ミオンはずっとこの人たちの輪の中に入りたかったらしい。いつの間にか制服を着崩して華やかなメイクをして、一人で輪の中に溶け込んでいったのだ。置いてきぼりにされた私は、他のクラスの子とつるむようになった。
そんな私たちの関係を知ってか知らずか呼び出しされて、一体どういうことなのか。私の頭の中は混乱していた。
「北里さんにね、私から話があって。大勢で押しかけてごめんね」
この人たちの中で、最も発言力が大きい渡さんが笑顔で謝った。本当に悪いとは思ってない証拠だ。
「話って何、ですか?」
私はこの場が居心地悪くて、ソワソワしながら質問した。きっと声も小さいし、口角は引き攣ってたし、クラスメイトなのに敬語になったし。一つひとつの細かなミスが目について、余計に恥ずかしくて俯いた。
渡さんは一切目を合わせない私に何か文句を言うでもなく、自分の話をし始めた。
「私ね、最近好きな人ができて。……うわっこんな話友達以外に話すの超恥ずかしいんだけどマジで! いや、ごめん。気にしないで。
それでね、その、す、好きな人がね、ナオヤ先輩なんだけど。ほ、ほら! 北里さんってさ、ナオヤ先輩と同じ中学で仲良いって聞いてさ! だから、その……」
聞き覚えのある名前に思わず顔を上げた。目の前の渡さんは顔を真っ赤にして、頬に手を当てていた。周りにいた付き添いの人たちは「ワタ可愛い」と渡さんをいじっていた。その冷やかしに、サヤカが混ざっていることに内心は複雑だった。
この場に私の味方はいない。
最後まで言わず、言葉を濁した渡さんがこちらをチラッと見てきた。周りの取り巻きも、サヤカもチラチラ見てくる。その様子に全てを察してしまった。
ああ、私にナオヤくんと渡さんの仲を取り持ってほしいんだな。この人たちの中で私が協力することは最初から決まってたんだな、と。
「ごめんなさい」
私は冷めた心を隠して、誠心誠意頭を下げた。
「私とナオヤくんはいとこで、昔からよく遊んでくれるから仲良いと思う。私は恋愛的に好きではないし、本当は渡さんにナオヤくんを紹介したいんだけど、ごめんなさい。ナオヤくん、彼女います」
顔を上げると、渡さんは目を丸くしていた。取り巻きも口を結んだ。次第に渡さんの目には怒りの感情が浮かんだ。
「本当に彼女いるの?」
「います」
「誰? 学校の人?」
「相手年上です」
「何ソレ。本当はいとこ取られたくないだけじゃないの?」
「姉です」
「はあ?」
私はスマホのアルバムから写真を引っ張り出して渡さんに見せた。ナオヤくんと私のお姉ちゃんとのスリーショットだ。目の当たりにした渡さんは、スマホをジッと見つめていた。
「この右の人が彼女で私のお姉ちゃん。今は大学生だけど二人が中学生の頃から付き合ってる。めちゃくちゃ良好で順調に清くお付き合いしてるから、邪魔したくないんだ」
言外にあなたが邪魔だと伝えたようなものだけど、誰も何も言い返してこなかった。
食い入るように見ていた渡さんが、一歩、二歩、後退りした。その隙にミオン以外の取り巻きの人たちも順番に見た。「綺麗」とか「めっちゃ美人」とか「正直お似合い」とか呟いていて、その声が聞こえたらしい渡さんが大粒の涙を流していた。
取り巻きの人たちが慌てて渡さんを慰めていた。私は文句を言われる前にもう一度頭を下げた。
「ごめんなさい。突然の話でショックだったよね。でも本当のことを伝えないまま協力するなんて、そんなテキトーなこと渡さんにはしたくなかったんだ。渡さん、私にも声掛けてくれる優しい人だから。私、渡さんには嘘つきたくない」
何度も頭を下げる私に、渡さんは「もういい」と吐き捨てて走り去っていった。取り巻きの人たちも後ろ髪を引かれながら、渡さんの後を追った。この場には私とミオンが残った。
急に二人きりになって、汗が冷えて肌寒いことが気になった。多分一日のほとんど日に当たらない場所だから、空気が冷たいのだろう。私は半袖のTシャツを抑えるように、上からさすった。
「茶番に付き合わせてごめんね」
ミオンの言葉に、思わず吹き出した。
「茶番って」
「茶番でしょうよ。私が何度も友達のお姉ちゃんと付き合ってるって言っても信じてくれないんだもん。頭きたからサヤカから話してもらおうって思って」
巻き込んでごめんね。
ミオンはメイクで描いてたのだろう、汗で消えかかった眉毛を下げて謝った。私は首を振った。きっと口角は緩んでいただろう。
私たちは久々に笑い合えた。
『最初から決まってた』