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「サヤカ、ちょっといい?」

 午前中の練習を終えて、昼休みに入った途端声を掛けられた。部活もクラスも同じで四月ごろまでは一緒にいたミオンだ。
 呼ばれるがままついていけば、ギラギラと降り注ぐ日差しを避けて体育館の陰へたどり着いた。てっきり二人きりだと思っていたら、人影があって驚いた。

「お待たせ」

 ミオンはそう言って手を振っていた。こちらを見た人たちは、クラスの中心的存在の人たちだった。所謂陽キャと呼ばれる、声が大きくて賑やかな人たちで、私は正直苦手だった。ミオンもジッと睨みつけることがあったから、多分苦手なんだろうと思っていた。
 ただそれは私の勘違いで、ミオンはずっとこの人たちの輪の中に入りたかったらしい。いつの間にか制服を着崩して華やかなメイクをして、一人で輪の中に溶け込んでいったのだ。置いてきぼりにされた私は、他のクラスの子とつるむようになった。
 そんな私たちの関係を知ってか知らずか呼び出しされて、一体どういうことなのか。私の頭の中は混乱していた。

「北里さんにね、私から話があって。大勢で押しかけてごめんね」

 この人たちの中で、最も発言力が大きい渡さんが笑顔で謝った。本当に悪いとは思ってない証拠だ。

「話って何、ですか?」

 私はこの場が居心地悪くて、ソワソワしながら質問した。きっと声も小さいし、口角は引き攣ってたし、クラスメイトなのに敬語になったし。一つひとつの細かなミスが目について、余計に恥ずかしくて俯いた。
 渡さんは一切目を合わせない私に何か文句を言うでもなく、自分の話をし始めた。

「私ね、最近好きな人ができて。……うわっこんな話友達以外に話すの超恥ずかしいんだけどマジで! いや、ごめん。気にしないで。
 それでね、その、す、好きな人がね、ナオヤ先輩なんだけど。ほ、ほら! 北里さんってさ、ナオヤ先輩と同じ中学で仲良いって聞いてさ! だから、その……」

 聞き覚えのある名前に思わず顔を上げた。目の前の渡さんは顔を真っ赤にして、頬に手を当てていた。周りにいた付き添いの人たちは「ワタ可愛い」と渡さんをいじっていた。その冷やかしに、サヤカが混ざっていることに内心は複雑だった。
 この場に私の味方はいない。
 最後まで言わず、言葉を濁した渡さんがこちらをチラッと見てきた。周りの取り巻きも、サヤカもチラチラ見てくる。その様子に全てを察してしまった。
 ああ、私にナオヤくんと渡さんの仲を取り持ってほしいんだな。この人たちの中で私が協力することは最初から決まってたんだな、と。

「ごめんなさい」

 私は冷めた心を隠して、誠心誠意頭を下げた。

「私とナオヤくんはいとこで、昔からよく遊んでくれるから仲良いと思う。私は恋愛的に好きではないし、本当は渡さんにナオヤくんを紹介したいんだけど、ごめんなさい。ナオヤくん、彼女います」

 顔を上げると、渡さんは目を丸くしていた。取り巻きも口を結んだ。次第に渡さんの目には怒りの感情が浮かんだ。

「本当に彼女いるの?」
「います」
「誰? 学校の人?」
「相手年上です」
「何ソレ。本当はいとこ取られたくないだけじゃないの?」
「姉です」
「はあ?」

 私はスマホのアルバムから写真を引っ張り出して渡さんに見せた。ナオヤくんと私のお姉ちゃんとのスリーショットだ。目の当たりにした渡さんは、スマホをジッと見つめていた。

「この右の人が彼女で私のお姉ちゃん。今は大学生だけど二人が中学生の頃から付き合ってる。めちゃくちゃ良好で順調に清くお付き合いしてるから、邪魔したくないんだ」

 言外にあなたが邪魔だと伝えたようなものだけど、誰も何も言い返してこなかった。
 食い入るように見ていた渡さんが、一歩、二歩、後退りした。その隙にミオン以外の取り巻きの人たちも順番に見た。「綺麗」とか「めっちゃ美人」とか「正直お似合い」とか呟いていて、その声が聞こえたらしい渡さんが大粒の涙を流していた。
 取り巻きの人たちが慌てて渡さんを慰めていた。私は文句を言われる前にもう一度頭を下げた。

「ごめんなさい。突然の話でショックだったよね。でも本当のことを伝えないまま協力するなんて、そんなテキトーなこと渡さんにはしたくなかったんだ。渡さん、私にも声掛けてくれる優しい人だから。私、渡さんには嘘つきたくない」

 何度も頭を下げる私に、渡さんは「もういい」と吐き捨てて走り去っていった。取り巻きの人たちも後ろ髪を引かれながら、渡さんの後を追った。この場には私とミオンが残った。
 急に二人きりになって、汗が冷えて肌寒いことが気になった。多分一日のほとんど日に当たらない場所だから、空気が冷たいのだろう。私は半袖のTシャツを抑えるように、上からさすった。

「茶番に付き合わせてごめんね」

 ミオンの言葉に、思わず吹き出した。

「茶番って」
「茶番でしょうよ。私が何度も友達のお姉ちゃんと付き合ってるって言っても信じてくれないんだもん。頭きたからサヤカから話してもらおうって思って」

 巻き込んでごめんね。
 ミオンはメイクで描いてたのだろう、汗で消えかかった眉毛を下げて謝った。私は首を振った。きっと口角は緩んでいただろう。
 私たちは久々に笑い合えた。


『最初から決まってた』

8/8/2024, 7:54:56 AM