もくじん。木人と聞けばカンフー映画やゲームのキャラクターが浮かんでくるけど、僕の場合はそれじゃない。
木人病。足から根っこが生えて、放っておくと身体が一本の木になってしまう。昔は奇病といわれていたそうだけど、近頃じゃ木人は学校の1クラスに数人いるくらいのありふれた病気だ。
毎日適切な運動をして食事もほどほどに注意してれば何も気にすることはない。葉緑体のせいで皮膚が緑色になるのが見た目的に驚かれやすいけど、光合成できるようにもなるし、悪い事ばっかりじゃないっていうか。
ただし立ちっぱなしや座りっぱなし、つまり長時間動かない姿勢でいると根っこが勝手に地面へ潜りこんでいってしまう。処方されてる薬を飲んで根っこを枯らせば人間で居続けられるんだけど、放っておくとその場に根を張って立派な木になる。ジ・エンドだ。
そうなんだよ。
いやあ、そろそろ喋るのも億劫になってきた。
一世一代の告白をフラれちゃって眠れないほどツラかったのは仕方ないし、それでやけ酒に走るのだって悪いことないだろう。ただ薬を飲み忘れてたのは駄目だったし、酔ったまま駅のベンチに座って眠り込んだのがホントに駄目だった。酔いつぶれるにしてもせめて私有地だったら良かったのに。
……伐採職員さんも大変だよね。
そこで僕の臨終待ちしてくれてるんでしょ。
いい太さのケヤキなんだから、うまく切り出して使ってくれると嬉しいかもしれないなあ。
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「眠れないほど」
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所感:
多分早晩飲み薬からパッチ薬へと処方が変わって、不慮の死を遂げる木人は激減すると思います。
いくら愛しく思おうと、渡せるものは二物まで。
魂への贈り物は三物、四物とたくさん与えて過ぎてはならないのだと神が納得したのは、目をかけていた人の子が三人続けて早逝してからだった。
知力、体力、時の運、そして才能のパラメータは神の力をもって全て最大値に設定。時の運内部の隠しステータス配分も、天の時、地の利、人の和をきっちり三等分した上で、幸運には生存中無期限のバフをかける。
そうして地上に立たせた一人目は、大いに周囲の妬みを買って、ある日崖から突き落とされて死んでしまった。たくさんの贈り物を持たせたが、初めから持っていた不幸を取り上げてやることはできなかったのだ。
二人目は何故か大成しなかった。持って生まれた器量を活かして成り上がったものの、過分な聡明さが仇となった。今生も所詮は一炊の夢と現実否定し、早々に自ら天上へ戻ってきてしまった。神の御元で魂は「何でもすぐ分かった気になる自分を良しと思えませんでした」と静かにぼやいていた。
そして三人目はなんと五つにもならぬうちに、風邪をこじらせてあっさり死んでしまった。聞けば、あまりに可愛らしい人間が居ると聞いた他所の神が、さっさと天上へ連れてきてしまったのだという。
えい、儘ならぬものは仕方がない。
過ぎたことに執着しないこの神は、次は賽を手にした。
偶然の荒波に翻弄される人々の様を眺めていれば、千年は瞬きほどの間。面白い出来事の一つや二つ、きっと起こるに違いない。
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「夢と現実」
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所感:
お題を綺麗に文章の中へ嵌め込むことだけ考えていたらこうなりました。悪い神様も居たもんだ。
うちのまめちゃんが突然関西弁をしゃべりだした。
(まめちゃんは白いボタンインコだ。目がすごく大きくて、うちに来たとき父が「豆大福みたいだね」といったから、まめちゃんという名前になった。)
「オハヨー」「ダイスキ」とか「イッテラッシャイ」とか今朝は普通にしゃべってたのに、学校から帰ってきたら関西弁になってた。一体何が起こっているんだ。
「おはよう」
「おはようさん」
「大好き」
「好っきゃ」
家族の誰も関西弁を話さないのに、いつ、どうやって覚えたんだろう。ちょっと気味がわるいんだけど、まめちゃんがどこまで返事してくれるのか試してみる。
「さよなら」
「さいなら」
「さよならは言わない」
「さいならは言わへん」
「さよならは言わないで」
「さいならは言わんとって」
「さよならは言わないでね」
「さいならは言わんとってや」
すごい。なんか語尾まで全部変えてくる。
そもそもこれが正しい関西弁なのか分かんないけど、多分それっぽいことをしゃべってるとは思う。
でも何だろう。コントのお笑い芸人より、イントネーションがちょっとおっさんっぽい。まめちゃんの中に関西人のおっさんの魂が乗り移ったりしたんだろうか。
「まめちゃん、本当にどうしたの?」
「まめやん、ほんまどしたん?」
うわ、愛称まで律儀に変えてきた!
どうしようまめやんなんて本当におっさんになっちゃう!?やだやだやだそれは嫌だ!
「まめちゃん、せめてちゃん付けで呼ばせてね!?」
「……ええで」
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所感:
「◯◯◯で」型のお題が出ると、脳内で一度は関西風イントネーションで読み上げてしまいます。
今日の講義は魔法学概論ii、1章の続きです。
76ページを開いてください。
世間で広く使われている光の魔法。太陽や月や星といった自然由来の光から魔力を得て使う魔法です。素朴ですが歴史が長く強い力がある。この市民講座に通っていらっしゃる皆さんは、初級試験の合格者ですね。
反対に、闇の魔法があるのもご存じでしょう?暗く、重い、世界の光を打ち払う漆黒の闇を媒介とする魔法です。光ある世界にしか生きられない我々人間にはおよそ扱うことが困難な、危険を伴う術です。
(小声で)そこをもっと詳しく知りたいという方は、講義のあとで個人的にお声がけを……ははは、個人講義の授業料は要相談です。
それでは今日の本題、影の魔法に進みます。
今、会議室には右手の窓から日差しが差し込んでいますね。机の上に伸びている、窓枠の影をよく観察してみてください。何が見えますか?
影にごくごく淡い輪郭が存在するのが見えますか?まるで「影の影」といったような…ええ、ええ、それ、その部分です。全員見えました?良く分からない方は、77ページの写真を見ておいてください。
それを半影といいます。まさに光と闇の狭間であり、影の魔法の力の源となるものです。
光と闇は正反対の存在であり常に反発しあう力ですが、影はそうではない。光と闇のどちらとも親しく、また、常に彼らの両方の力を必要とする複雑な存在です。
影の魔法を使いこなすには、世界の中道を探り当てる観察力と、常に偏りなくその立ち位置を維持する胆力の二点を求められます。
さ、残り半年の講義で基礎をしっかり学びましょう。
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「光と闇の狭間で」
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所感:
始まりも終わりも唐突な講義風景。基礎講座なので高度な術は教えてもらえません。あと、本気で闇の魔法について尋ねると要注意人物として当局にマークされます。
泣けば涙が真珠に変わる。
笑えばダイヤモンドと薔薇がこぼれ落ちる。
それが何なの?見世物じゃない!
昔むかし、仙女の祝福を受け宝石姫と呼ばれた乙女がいました。きらびやかな宝石が良くしてくれたのは彼女の暮らしだけで、人生は決して良くはなりませんでした。
尽きせず財宝の湧き出る生きた宝石箱だと、欲に目がくらんだ人間の醜さは、親族も王族も商人も皆同じ。
宝石姫を手中におさめんとする争いに巻き込まれ、人を人とも思わぬ非道な扱いを受けた日々は、一人の優しい乙女を冷徹な戦士へとすっかり変えてしまいました。
泣きも笑いもしない、ただ貴人として王宮に留めおかれていた姫は、ついに宝物庫から魔法の剣を盗んで城を飛び出します。向かう先は森の奥の光る泉。
「人倫を知らぬ仙女の気紛れな祝福は、それを望まぬ者にとってはただの呪い。今、お前の命を以て解く」
捕らえた仙女に魔法の剣を突き立てた乙女の独白が、泉の水面を静かに揺らします。
「呪いを解くまでの辛抱だと、今日まで泣かないで笑いもしないで耐えてきた。……それがどうしたことか。いざこの時を迎えても、嬉し涙すら出てこない」
冷たい表情のまま彼女はふらふらと歩き出しました。
苦難と忍従の年月に奪い取られた感情は、一体どこに行けば取り戻せるでしょう。尋ねる相手はもう居ません。
花と宝石の日々を捨て笑顔も涙も失くしたうえ、宝物泥棒として追われる身となった彼女はついに国をも捨て、戦地を渡り歩く凄腕の傭兵となりますが……そのお話はまた次の機会にお披露目いたしましょう。
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「泣かないで」
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所感:
着地点が分からないまま長くなったので反省。
泣かないでと人に言うのも言わせるのも好きじゃない。
泣くか泣かないかなんてお互いの自由で。