そんじゅ

Open App
11/19/2022, 2:34:45 PM

墓に供える花だと告げると、店員は奥のガラスケースから花桶をひとつ抱えて戻ってきた。白い蕾ばかりの枝がたっぷり活けられている。

「このバラ、人の記憶を感じ取って色が変わるんです」

最近とても人気で、といいながら「お試しに」と薄緑混じりのまだ固い蕾を一本取り出して手渡してくれる。

「故人の方のお好きだった色とか念じてみてください」

(あの人の好きな色は何だったか……そういえば口紅は赤じゃなくて、いつもちょっと変わった……)記憶を手繰り寄せて脳裏に顔が浮かんだとたん、手の中の蕾がみるみるふくらみだした。

数分もかからず、すっかり満開になったバラは花びらが白から鮮やかなオレンジピンクへと変化していた。
記憶のまま。彼女の唇の色だ。

不思議な花を包んでもらい、郊外の墓地に向かう。車をおりた時にはもう夕暮れが迫っていた。持ってきた花束の一輪ずつを指でそっと摘み、懐かしい記憶を辿る。

出会ったとき、初めて挨拶を交わしたとき、初めて手をつないだとき、初めてケンカをしたとき……たくさんの想い出をひとつずつ丁寧に確かめ、また心の奥へと仕舞いこむ。手の中で花は彼女の想い出に染まり、順にほころんでいく。

やがて全ての蕾が開き、彼は静かに立ち去った。
墓に残されたバラは夕陽の残照を受けて艶やかに輝く。

何一つ混じりけのない、真紅の花束。


************
「たくさんの想い出」

************
所感:
花が黒とか金色に変わってしまうメリバVerを先に思いついたのですが、長くなりそうだったので没。

11/19/2022, 9:49:45 AM

「冬になったらまた来ますね」

冬将軍は厳めしい顔に似合わず穏やかな方だ。
話しかたも丁寧だし、いつもにこにこしている。

「別に来なくったっていいですよ」
「…そう、ですか」
「あ、いや、雪がないと困る地方もあるんで、全然来てもらって構わないです。来てください」
「ありがとうございます」

ちょっと意地悪を言うとあからさまにしょんぼりした顔でこっちをじっと見るものだから、ついついからかいたくなってしまう。けど「来なくていい」なんて冗談でも言うものじゃなかった。

季節はめぐり、立冬の今日。
やって来たのは寒立馬に乗った大柄な若い女性。僕の姿を認めると、さっと馬からおりて手を差し出してきた。

「こんにちは。新任の冬将軍です」
「初めまして」

ごつい皮手袋の手をしっかり握り返し挨拶した。思いのほか優しい瞳と視線が合い、つられて問いかける。

「あの、前の将軍は」
「祖父は北の国に残りました」
「…そう、ですか」
「今年は夏が暴れすぎて、氷河の氷が沢山ゆるんでしまいました。残った熱を追い出すために、数年は極北の土地で大きな戦いが続く見通しなのです」

貴方に伝言を頼まれました、という。

「しばらく君の国には行けなさそうだ。もし寂しいなら、北の国まで遊びにおいでなさい。美しいオーロラを見せてあげよう…ですって」

にっこり笑って彼女は続けた。

「祖父は本当に春が、貴方が大好きなんですよ」


************
「冬になったら」

************
所感:
なんだかんだいって、四季はお互い仲良し。

11/17/2022, 1:26:52 PM

空で輝く星になるにはどうすれば良いかだって?
うん、可能性だけならいくつか考えてやろう。

ひとつ。
どこか宇宙の恒星として生まれおちること。
現時点で不可能だな。却下。

ふたつ。
死後には海や山のあちこちで散骨してもらえるよう遺言を残し、可及的速やかにこの地球の一部となること。
…あぁ地球は惑星だからそもそも駄目か。却下。

みっつ。
今からでも遅くない。天文学に本気で人生を捧げ、未知の彗星を発見して自分の名前を命名させてほしいと国際天文学連合に懇願してみること。
何、名前だけじゃ駄目?贅沢者め。ならば却下。

よっつ。
どうにかして宇宙旅行に出発し、船外活動の時間によく方角を確認したら、おもむろにセーフティ・テザーを切って単身大気圏突入だ。これなら、まず流星にはなればなれる…かもしれんぞ。
痛いのも駄目?一瞬でも?しょうがないな、却下。

いつつ。
恋人をつくれ。親友を探せ。親孝行をしろ。知人の10人中8人に「あいつは良い奴だ」といわれるグッドガイを目指せ。全て叶ったら世間を捨てて旅に出ろ。
誰か一人ぐらいは夜空の星にお前の姿を見るだろう。

************
「はなればなれ」

************
所感:
お題の「は」を「わ」と読めばイケると思ったのが駄目でした。今までで一番無理のある文章ですが後悔はありません。次はもっとうまくやろうと反省はしてます。

11/17/2022, 3:39:12 AM

人生ままならないものである。

「新色のインク、まだ在庫ありますか」

人気の文房具イベントだ。きっと今日は同じ問い合わせばかりだったろう。芸術点の高い角度で眉を八の字にした売り子さんが、朝イチに完売したと教えてくれた。後日通販を検討中との追加情報で気分は少し軽くなった。

せっかく来たのだし、何か買い物もしよう。

卓上を見回していると、試し書きコーナーの文字にふと目が引き寄せられた。柔らかな緑青から檸檬色へのグラデーションが印象的だ。紙面には「にゃおん」の四文字がゆったりした筆跡でくつろいでいた。

好みの雰囲気だったので訊ねたところ、見せられたのは「キトゥン・ブルー」のラベルが貼られた濃紺の小瓶。紺色?間違いではないかと「にゃおん」を指さすと、このインクで間違いないという。

「子猫の目って、生後数か月で青からガラリと色が変わるんです。それを表現してみたくて、遊色の出方にこだわって作りました」

勧められるままに私も試し書きさせてもらう。乾燥を見守るうちに魔法がおきた。滲みながら青が去り、緑が伸びやかに広がったその空間へ、木漏れ日がさすようにキラキラと現れる黄色。

すっかり魅了された「キトゥン・ブルー」を買い帰路につく。ままならない人生、でもこうやって思いがけず満たされる日もある。
帰ったらこの美しい色で今日の思い出を書こう。

************
「子猫」

************
所感:
世間は沼が多すぎてうっかり道もあるけません。
灯りを点し先導してくれる優しい人についていったら着いた所は沼の底、なんてこともあるわけで。

11/15/2022, 4:25:49 PM

「…秋風にうつろう山の木の葉より、ひとのこころの…人の心の…はかなくもある」
「なにそれ百人一首?」
「いや、古文の課題」

明日までに本歌取りで十首詠まなあかんねん、と兄は至極眠そうな目で文庫本に付箋を貼っている。

「ふぅん。あの先生いつも変な宿題ばっか出さはる。うちもこないだ竹取物語を関西弁で現代語訳したわ」
「あー、去年俺もおんなじヤツやった」
「ほなノート見してもろたら良かった」
「いやそれはあかん」
「なんで?まさか出来わるかったん?」
「逆や。調子乗って京都弁と河内弁と神戸弁で三つ提出したら、面白いってA+もろてんけど、文章的にレア度高いから写したら多分バレる」
「…あかんな。なんでそういうコダワリもっと他で活かせへんの。これやからいつでもどこでも『君がアイツの妹か』って言われんねん」
「俺も『君が兄か』とか言われてみたいわ」
「くっそムカつく」

兄弟が同じ学校に通っていると下の子は何かとトクをする機会もあるが、面倒くさい瞬間もしばしばある。
もし来年短歌の宿題が出たら、ネタカブりは極力避けねばと妹は固く心に決めた。

************
「秋風」

************
所感:
本歌は素性法師、古今和歌集より。

Next