生命力旺盛だったゴーヤの葉もついに色褪せた。
そろそろネットを片づける算段をしなくては。
あれは春の話だ。
グリーンカーテンっていうんだって、そういうの。葉がいっぱい茂れば家の日除けになるし、実は食べられるし、毎朝世話するから早起きできるようになって、これぞ一石三鳥。私がんばるから!
…と、皆の前で決意表明したのが良かったのだろう。
お陰ですっかり朝型の生活が身についたのには我ながら驚いている。そして確かにこの夏じゅう、空調の設定温度を去年ほどには低くせずに済んだ。
収穫だって今年初挑戦とは思えないぐらいの量で。
毎朝、たとえ午後から雨の予報だったとしても「土の乾燥ぐあいからいえば、今水やりしても意味がないことは無いでしょ」なんてそれはそれは懸命に世話をした甲斐もあったというものだ。
それに予想外の収穫はゴーヤだけじゃなくって。
あなたが私の家庭菜園話を面白がってくれたこと。
実ってるところを見たいと部屋に来てくれたこと。
はりきって作った料理を、沢山ほめてくれたこと。
あなたのためにレシピを10種類も開拓できたこと。
来年は一緒に育ててみたいって言ってくれたこと。
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「意味がないこと」
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所感:
こんな薄ら可愛い終わり方にするつもりはなかったんです。書き始めた時は「一石二鳥どころか一石八鳥」とかこの主人公に言わせてドヤ顔させたかっただけなのに。
「解けた!」
「本当に?」
このやりとりも、もう何度目だろう。
カップル割が効くからと無理やり脱出ゲームに付き合わされて、しかも半日がかりで未クリアって。
そろそろ冷たい顔でもしてみせようかと悩み中。
「被害者が何故わざわざ平仮名で書き残したと思う?」
「…さあね」
「アナグラムに挑戦しろってことだよ」
「…へぇ」
いや見てくれよ、と彼はメモをめくる。
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あなたとわたし
↓
anatatowatashi
↓
onihasawatatta
↓
おにはさわたった
↓
鬼は沢だった
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「なあこれ完璧じゃね?犯人は沢!」
「だ、濁音が気に入らない…」
「そこは言葉のアヤだって。よし、入力!」
入室時に渡されたタブレットを操作した直後、聞こえたのは本日5度目の間抜けなブザー音だった。
「違ったか…」
「ねぇ本当に脱出できる?」
「お、おう!任せとけ!」
本当にわかってる?
貴重な休日、君と否応なしに二人っきりなんてシチュが嬉しくなかったら、とっくに怒って帰ってるよ。
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「あなたとわたし」
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所感:
今日のお題、何故に平仮名?という素の疑問からどれだけ斜め下へ掘って行けるか検討した結果がこれでした。回文も試してみたけど無理でした。回文は難しい。
夜半に吹き荒れた雷雨はようやく収まりはじめた。
今、私の耳を揺らすのは、木々を伝って落ちる柔らかい雨音だけだ。私は森の動物達と一緒に洞窟へ飛び込み、風と雷鳴に怯えながら朝を待っていたのだ。
稲妻が空を駆けるたび、動物達の瞳は暗闇の中でギラリと光る。暴れる者は一匹もおらず、狭い空間で静かに肩を寄せ合った。朝がきて明るくなればここから出よう。
これは、嵐の森を逃げ惑う哀れな迷子の物語。
…と。そう思って。思って強く、思い込んでみた。
メルヘンチックな現実逃避に成功した私は、死の恐怖もドラマチックに克服しつつある。
ここは森の洞窟で、ロッカーの中じゃない。
これは森の動物で、着ぐるみの制服じゃない。
あの光は雷光で、殺人鬼の掲げたライトじゃない。
あのうるさいのは雷鳴で、銃声なんかじゃない。
これは雨音で、したたる血溜まりなんかない。
朝になったらここから出よう。
朝になったらここから出たい。
朝になったらここから出よう。
…ああ、あの光は朝焼けかな。
今ならここを逃げ出せるかな。
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「柔らかい雨」
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所感:
好きなタイプの素敵なお題だったというのに、好きすぎて駄目な方向にしか話を考えられませんでした。夢見たまんまバッドエンドです。
「えっ、また勝ったの!ってアタリマエか」
「さすが戦一筋の光の戦士サマだ」
「何ナニ?常勝って言葉、地味にストレス?」
英雄だって人間だ。
誰にだって出来ることと出来ないことがあり、僕が英雄と呼ばれるようになったのは、ただ自分に出来そうなことばかり選んできた結果でしかない。
英雄だって所詮は人間だ。
あんまり誉めそやされると居心地が悪くなるし、褒められてるのか嫉まれてるのか分からなくなると、ちょっとした反抗心に駆られてしまう時もある。
人間は結局人間でしかない。
だから。もう少し頑張れば僕だって世界を掌握できるって、気付いたのが間違いだったんだ。やれば出来るんだからやってみよう、なんて気軽な悪戯心。
光はその裡へ常に闇を包んでいる。
英雄もいつだって魔王になれるんだ。
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「一筋の光」
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所感:
ハハハこういう闇堕ちは気軽で良いですね。笑い事か。
「推し一筋」「嫁一筋」「研究一筋」などなど、お題に色んな単語を足してみた結果、光の戦士になりました。
「私は生きています」
世界に存在する魂の数は一定だ。あらゆる魂はこの地球上で輪廻を繰り返しながら新しい生を目指す。
そんな天上の理を知る由もない人類は、文明発展の勢いに任せ、多くの動植物、時には細菌までも絶滅させた。行くべき道を失った魂は続々と人間へと生まれ変わり、世界人口は限界まで膨れ上がる。
やがて人類の繁栄期も終わり、今度は人間が絶滅を迎える順番がきた。しかし地上の生物は既に死に絶え、膨大な魂の生まれ変われる身体がない。
そのとき神は廃墟で立ち尽くす機械にふと目をとめた。
彼らはここに存在しており、その頭には知性があり、資源と活力が有れば自己増殖できる。ならば魂の入れ物としては充分ではなかろうか。
「私は 生キテ いマス」
低電力モードのせいで品質の落ちた声。
旧式アンドロイドの表情は固く、フェイスカバーの剥げた隙間からは集積回路が透け、哀愁をそそる。
全てが滅んだ世界でついにAIは魂を持つに至った。
もうそれを喜ぶことのできる人間はいないけれど。
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「哀愁をそそる」
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所感:
お題に対し、情けなさや嘲り、笑いといった要素を付加させず、ただただ悲しみだけを味わえる情景をさがしたら、また人類が絶滅しました。いつもすみません。