【好きな本】
赤い布張りの表紙に描かれるのは二匹の蛇
お互いにお互いの尻尾を咥えて
円環を描き出す
撫でたときのあのざらっとした感触
重たい本 中のページは二色刷りで
不思議な挿し絵が描かれていた
映画化もされたとても有名な物語
懐かしいな
幼い頃、確かに私はバスチアンになって
白い竜と共にファンタージエンを旅していた
はじめて見る風景にワクワクしたり
恐ろしい展開にこわごわ先に進んだり
冒険が終わるのがさみしくて
最後のページを捲る度に
なんども読み返しループしていた
あの表紙の蛇のように
あの本、いつの間にか失くしてしまった
だからもう冒険はできない
同じ本を買ってきても
たぶんあの頃のようには読めないだろう
そう思うけど、明日は本屋に行ってみようかな
ヒロインの名前はたしか“幼心の君”だった
またあの本の中に閉じ込められたいと思う
はてしない物語。
【あいまいな空】
曇天が僕を追いたてる
いっそのこと土砂降りなら
すかっとするのに
そんなことを思いながら
土手を走る
土が濡れた匂い
生ぬるく湿った風
未来が見えない
そんな自分と空が重なって
自棄になって叫ぶ
生ぬるい 気持ち悪い
逃げても追いかけてくる湿った風
いつかみた虹は幻
もう一度叫ぶ
あいまいな世界の中で
僕の夢もまた曖昧
空をみても答えはなくて
生ぬるい気持ち悪さ
雨よ降れ
降って全部打ち砕け
僕の悩みを苦しみを
それからグニャリとしたこの
あいまいな夢を
【紫陽花】
色のない世界に住んでいた
最初から無かったのか
それとも知らぬうちに色が抜けて
モノクロームになったのか
そんなことはどうでもいい
とにかくこの街は灰色で
わたしはそれが当たり前だと思っていた
雨が降ってきた
蒸し暑い空気の中で
ただ傘もささずに歩いている
何かを探して
意味なんて何もない
ただ雨の中を歩いている
いつものこの道、いつもの時間
だけど今日はいつもと違う
雨が降っている
それから、それから
すれ違ったあの人と目があった
たったそれだけのことなのに
世界が姿を変えてゆく
まるで魔法のように美しい水色
それから鮮やかな紫、そして桃色
みずみずしい緑が雨に揺れて溶けていく
あの人は誰だろう
きらめく雨粒の中で
わたしの世界がいま鮮やかに色づく
【好き嫌い】
“好き”というラベルを貼っておいたものが
いつの間にか“嫌い”になっていたり
することない?
その逆は?
嫌いだったものが好きになること、ある?
テレビをつけると
嫌いなタレントがはしゃいでる
最近いつもいる。きっと人気があるんだろう
みんなの“好き”と私の“好き”は違うらしい
見慣れたり、理解をしたら
“嫌い”が“好き”に変わるのだろうかと
リモコンをもつ手が少し躊躇するけど
結局は消してしまう。
我慢して見るには時間は有限だから。
だけど、もう少し見ていたら
わたしの“嫌い”は“好き”に変わったのかな?
それにしても、今日は筆がのらない
このお題は嫌いだ
ぜんぜんアイデアが膨らまないし掘り下げられない。
そんなときふと思い出す言葉がある。
Not for me
って言うやつだ。
Not for me
って言葉いいよね。
誰かの“好き”が、わたしの“嫌い”のときはこの言葉が便利だ。
相手の感性を尊重しつつ、やんわりと拒否できる。
なんてとりとめのないことをつらつらと、
考えていることを吐き出していたら
少しずつ筆がのってきた
書くのが楽しくなってきた。
結局、私は書くことが好きなのだ。
うまく書けなくても、
納得いく出来でなくても
言葉がでなくて苦しくても
書いているときは楽しくてしょうがない。
嫌いだったこのお題がいま
好きに変わった
【街】
ビルとビルの間から日が昇る
眩しい光の筋にに目を細めながら
わたしは街に話しかける
おはよう 今日もまた幕が上がる
昔読んだ小説の主人公は街だった
正確には主人公は高校生だったり
闇医者だったりデュラハンだったりする
群像劇だったけど
人と人とがシナプスとなって
池袋の街という人格を形成している物語だった
そんなことを思い出しながら
わたしは街に向かって歩き出す
雑踏に踊れ高らかに歌え
狂気の歌を
街という舞台で
今日もさまざまな物語が上演される
クライムやラブロマンス
サイコスリラーに青春物語
百冊の本よりも生々しく
展開の読めない物語が展開し転落していく
書を捨てよ街へ出よう
あなたが主役の物語を私にみせて
街という人格を
幕間
この街のどこかに泣いているひとがいる
この街のどこかに笑っている人がいる
怒っている人も謝っている人も
亡くなる命、産まれる命
さまざまなものを飲み込んで
街は今日も無表情
そしてまた日が落ちる
ビルに灯りが知らしめる
そこに人がいることを
静かに幕がおりて
拍手も喝采もなくあるのは夜の喧騒
やがて灯が消えておやすみなさい
明日はどんな物語がうまれるのかな
そんなことを思いながら街は
ふたたび眠りの中へ
カーテンコール