パラレルワールドって、どう思う?
なんとなく、訊いてみた。
あなたはきょとんとする。カツ丼定食(二人前)の注文を受け付けた店員が、私たちのテーブルから去ったところだった。
「なんとも思わないけど」
あなたらしい。
そうは思いつつ、答え合わせのような気持ちで、私はさらに尋ねる。
「SF小説はあまり読まないの?」
「そんなことはないよ」
「だったら、ロマンを感じるとか、何か、あるでしょう」
「いや特に。あったところで関係ないし。ていうか、何その質問? SF作品でも見たの?」
「そんなところ」
「珍しいね。小説も漫画も映画もドラマも、ほとんど見ないのに」
「たまにはね」
「こっちが何を勧めても『面白そうだね』で終わらせて、研究ばっかりしてるのに」
「そういう時もあったね」
「いつもだよ。……一つくらい読んでよー、色々勧めてるんだしさー」
「読んだ」
「えっ」
あなたが目を見開く。よっぽど驚いたらしい。
「あなたが一番好きだって、ずっと言ってるミステリー」
「言ってよ!」
「言ったらその話しかしないじゃない」
「そりゃそうだよ! ……どうだった?」
期待したように、けれど不安そうに訊いてくる。
「好きよ」
たった一言で、ほんとうに嬉しそうにする。
「感想の前に、聞かせてほしいの」
「んっんん……、わかった、我慢する、何?」
そわそわしている。
……ここまで食いつくのに、よく私にあの程度の勧め方で済ませていたものだと思う。さっぱりしている分、年月は積み重なっているし、私はそれだけの間、スルーし続けた訳だが。
一呼吸おいて、私は言った。
「やり直したい過去はある?」
あなたは一瞬きょとんとして、けれどすぐに言い切った。
「ばかばかしい」
予想通りの言葉が返ってきて、私は満足して笑う。
あなたはそれでいい。
「自分の人生を自分で否定するとか、誰もしないよ」
あなたはそれでいい。
「その……映画? 小説? 何?」
「……映画?」
「はあ。スペシャルドラマか曖昧なのか。――らしいね」
私に、『やり直したい過去があるのか』と訊き返さないあなたのままでいい。
「その映画、面白かったの?」
「つまんないよ」
「なんだ」
「二度と見たくない」
「……逆に気になってきたな。どんなのだった?」
「知らなくていいよ」
「なんだそりゃ」
「ほんとに酷かったんだもの。ねえ、もっとあなたの好きな小説を教えてよ。あなたのオススメが読みたい」
あなたが嬉しそうな顔をする。
照れくさい。
「ええー、急に言われてもなぁ。どうしような、山ほどあるんだよ。全部読んでよ。とりあえず、――が好きそうなやつから……」
「直近一年で公開されたやつで」
「ごっそり減ったわ。……それ以外も読んでよ?」
「もちろん。いくらでも」
「ていうか先に感想!」
“あちら”にのこしてきたあなたの墓は、今もちゃんと管理されているだろうか。
【パラレルワールド】
私ね、あなた以外の人のこと、みんな嫌いなんだけどさ。
……ふは、そんなにびっくりする?
うん、マジだよ、マジ。
なんでって……なんでもだよ。
中学生の頃とかさ、あなたと私以外の人類がいなくなれって、本気で毎晩考えてた。
……そうじゃないよ。『狩りも農業も自分たちでしないといけないし、電車も乗れなくなるね』って、ふふ、そうだけどそうじゃないよ! 文明レベルが下がるって話してないでしょ!
じゃあどういう話って、それは、………。
とにかく、まあ、考えてたの。あなたと私だけでいいのにって。
でも最近、思うんだよ。
あなたが【あなたじゃない人】とたくさん交流しているから、今のあなたがいるんだよなって。
あなたと私以外の人間がいてもいいかって、思えるようになってきた。
……ふふ。だから生活の利便性の話じゃないってば。
【ふたり】
【ここにある】
だから、忘れていいよ。
正直なところ、勉強は嫌いだ。
勉強というか、何かをすること自体がめんどくさい。運動も、出かけることも、食事のメニューを考えることも、何もかも。
達成感を得たい思いより面倒くさいという気持ちが勝つし、楽しいことをしたいという欲求よりも面倒くさいという怠惰が勝つ。
そんな私が、それでも、毎日机に張り付き勉強し、部活で結果を残そうと動き回っている理由なんて単純だ。
まるでエンジンでも付いているかのような、立ち止まったら死ぬんじゃないかってくらい、ひたすら努力し続けているあなたに、もう一歩だけ、それだけでいいから、近づきたいと思うからだ。
【もう一歩だけ、】
【君と飛び立つ】
それができたら、どんなに幸せなことでしょう。