「雨の香り、涙の跡」
「雨の香りがする」彼女はよくそう言っていた。彼女がそう言った後、いつも本当に雨が降っていたから、彼女には本当に雨の匂いというものがわかったのだろう。思えば、彼女と2人で会うとき、いつも雨が降っていた。だからだろう、私にとって雨は特別なものだ。
でも今日は、雨が降ることに気づけなかった。もちろん、理由は隣にあなたがいないからだ。きっと、今日はあなたと会うことができる最後の日。あなたは花に埋もれていて、急な雨にも安らかな顔をしている。
頬をつたう雫も、きっと雨のせい。
「糸」
屋上のフェンスに手を乗せ、体重をかける。
もうこんな人生うんざりだ。
酒に浸って子供に暴力を振るう親。ギャーギャー囃し立てて、自分が上に立っていると思い込んでるクラスメイト。見て見ぬ振りして、理不尽な講釈だけ垂れ流す教師。開けない夜はないだとか、人生いつかは楽しく思える日が来るだとか、そう言う人は大した苦痛なんて味わってはいないのだろう。私にとっては、今が全て。被害者が逃げるなんて、とか言う人がいるけど、逃げることの何が悪い。楽になりたいと思うことの何が悪い。
こんな世界、大嫌いだ。
地面が近づいてきて、すぐ目の前に迫った時、何か、ぷつりと糸が切れたような気がした。
「届かないのに」
この気持ちはきっとあなたには届かない。きっとあなたは冗談だと思っている。それでも、伝えれれずにはいられない想い。悩んだのちに差し出す手紙。ああ、ありがとうとカバンに押し込むあなた。本当に、読んでくれるだろうか?しばらくして、携帯を鳴らす着信音。付き合うって何?友達と何が違う?その問いを見た途端、心臓が止まりそうに思った。本気になってくれたんだという嬉しさと、恐ろしさ。なんて答えたらいい?思考がぐるぐる回る。やっと返した一文。特別になりたい。次の日になって、あなたからもう一度の返信。あなたの気持ちには答えられない。ああ、やっぱり。そんな気がしていた。本当は、届いてなんか欲しくなかった。
「記憶の地図」
さあ、記憶の地図を広げて、冒険に出かけよう。
君と一緒に行った場所、君が行きたいと言っていた場所。きっと君を見つけられる。君のいた痕跡を見つけることができる。誰も君のことを覚えていなくても、私だけは覚えているから。だから、もう一度私の中で生きて。
「マグカップ」
あなたとお揃いで買ったマグカップ。
床に叩きつけたらすぐに割れちゃった。
私とあなたの気持ちもそう、きっともうずっとヒビが入っていた。
床に叩きつけて割ったのは私。
ああ、壊れちゃったね。
それじゃあ、もう使い物にならないから。
バイバイ。