「ほんとバカみたい」
小さな声が夜の街中に溶けていく。
他の女性の肩を抱くあなたの後ろ姿を見た。わかってる。お金でしか貴方の時間を買えなくて心までは手に入らないってわかってた。
だから、諦めようって離れたはずなのに他の女性に笑顔を向けるあなたをみるとほんと自分があなたにここまで依存してたんだって自覚して笑えてくる。
チクタクという時計の音がこの部屋が静かだと物語る。1人の老人が縁側に座り空を見ていた。ぽかぽかと当たる太陽の温もりがとても心地よさそうに見えた。
「ねぇ、あなた。歩夢が今朝、ひかるさんと海斗を連れて帰って行きましたよ」と振り返りベットに横たわる老人に声をかけた。「海斗も今年10歳になったんですって。子供の成長は早いわね」なんて微笑んだ。
「歩夢なんて昨日ね。眼鏡がないないって言って大騒ぎしたのよ。頭にかけてあるのに全然気付かなくって。まるで、あなたを見てるようだったわ」そうベットの方へ歩き老人の手を握る。機械に繋がれた体は呼吸を繰り返すだけで握った手なんて握り返してはくれない。
「また、あなたと二人ぼっちになりましたね」悲しいような寂しいような顔をした女性の頬には涙が流れた。その雫が男性の手にかかった。その瞬間、少しだけ男性の手に力が入り握り返してくれたような気がした。それはまるで、『大丈夫』と元気付けてくれてるようだった。
薄暗い部屋でこのベッドで何度貴方のタバコを吸う後ろ姿を見ただろうか。
お金でしかあなたを振り向かせられない私はなんて嫌な女なんだろうとシーツを強く握った。きっと、あなたは後数時間したら別の人のものになる。これ以上あなたを思い続けてもあなたは私のものにならない。なら、これで最後。
最後だからあなたの姿を目に焼き付けたい。本当に神様がいるのなら夢が醒める前に彼に触れたい。
「母さん、私の眼鏡知らないか?」リビングでオロオロとメガネを探す私を見て家内はクスッと笑う。
「あらあら、またですか。」そう言いながら君は自分の頭を指す。その通りに頭に手を置けばそこには探していた眼鏡だった。眼鏡を手に取り君の顔を見ればあの頃と変わらない笑顔で「見つかって良かったですね」と微笑んだ。私もつられて笑ってしまう。
あの頃と変わらない君とのたわいもない会話に胸が高鳴る。今年で結婚して40年。
コツコツとチョークで黒板に書く音が響く。窓の隙間から午後の暖かい空気が私の頬を撫でる。
「道理に合わないこと。また、そのさまを……」スーツを着た先生の声が遠く聞こえる。
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カラスの鳴き声と沢山の人の声。そして、店内に響く機械音と店員さんの声。全国的にも有名なハンバーガー屋で目の前でどうみても1人前では無い量のポテトとハンバーガーを頬張る子とそれがこの子の当たり前だという顔で本を見る子。
「ねぇ〜、はる〜。もうそのハンバーガー食べないの?お腹空くよ〜。」口いっぱいにポテトを頬張るツインテールの佳奈が言った。
「佳奈。あんたは食べ過ぎ」隣に座るショートカットの由美がツッコミを入れた。「そぉ?これが普通なんだけどな〜」と口いっぱいなのに更にポテトを詰めようとする佳奈に「リスみたい」と呟いて飲み物を飲んだ。
「てかさ〜。ハルコイのリヒトがちょー悲しいの!!自分は罪を犯してないのに罰せられるんだよ!?不条理過ぎない!?」また始まったとばかりに由美の表情が物語る。佳奈は最近、ハルコイという乙女ゲームにハマってるらしくよくこの話題が出る。
はいはいと頷きながら2人して佳奈の話を聞く。時々、こうやって学校終わりに寄り道してはくだらない話をして帰る日々。こんな日々も後少しで終わると思うと少し寂しいと感じながら頷くのだった。