此の世をば、我世とぞ思って生きたいものだ。今から数えて千年余り前のときに、事実上そういうふうに生きた人がいたのと自分はなんにも変わらない。よね?
これからはじまる生前がもし暇だったらでいいんだけど、教科書に載るための努力をしてみようかな。たぶん命を賭けた武勇よりも、永遠の調停のほうが難しいんじゃないかって思うから、世界を救うための戦いがしたい。願わくば、たった一人で。
かつての威光と生存権を賭けた争いがはじまる。黒死病のときにねずみを殺しきれなかったみたいに、人間は様なく生き残り続けると思うんだ。ドラマチックに死にゆくチャンスがなくても惨めな爪痕を遺したなら、もしかしたら幾千年先でも、残るのかなぁ…?
遠いところへ夢を見に行こう。まだ見えない未来をぼうっと手に掴むみたいに彷徨わないと。亡霊になったとき道に迷わないくらいには世界に慣れてしまう歩行術だけ覚えよう。街へ行った回数を覚えている?僕は覚えていないけど、君が覚えていたらどうしようって思うよ。世界の理不尽を嘆いていたら時間が尽きてしまいそうだから、店先の甘い匂いで誤魔化すしかないか。新しいパン屋さんができたんだって。パン屋さん好きなんだよね。
家の前の曲がり角の前のあたりでいい香りがするのがなんでかなって思ってたんだけど、それは結局コインランドリーだってことがわかったよ。なんで気付かなかったんだろう。染み付いた習慣みたいにもうなくなったテナントを訪ねている毎日もいつか忘れてしまうんだろうな。
街へ行こうよ。歩き慣れて飽きた街を自分の頭の地図に変えるみたいに何も見ないで、忘れてしまった日常の欠片集めにいこう。辿り着かないで。遊園地のお気に入りのコースターに乗ってすぐ帰る人みたいだよ。どこにも辿りは着かないで、ここに居続けないで、悲しまないで。
優しさの温度が源泉掛け流しじゃないといいな。だっていつか枯れてしまったら悲しいからさ。善意が何億もの邪念でかさ増しされてくれていたらいいね。きれいなものばかりだと勿体ないから。世界ってたくさん痛ましいことばかりでできているようだし、ちょっと世界平和に寄与しようか。お墓にいっぱいお花が咲いていて嬉しそうな顔がかわいいね。文字の一つも読めないまんま生きたらいいよ。
痛みを訴えて強さを上告してみよう。サンタさんがまだ来てくれるのなら、ください。知らせないことを、読ませないことを、壁の内側に匿ってしまう弱さを、優しさと呼ぶ権利とかを。
傷つけ合うことが真理だっていうのではなく、そこに痛みを感じる崇高さを喜んでみたいね。みんな人間みたいだ。隣の席の人に無邪気に笑いかけるような、導火線を切るみたいな華やぎが、どうか本物でありませんように。
明けない夜を連れてくるよ。祈りに似たもっと無様な何かで瞼を覆って、痛々しさを噛み殺した。萎れない花があるだろうか。砕けない星があるだろうか。
その向こうで無邪気に笑っていた誰かは、そのままここで、死ぬのだろうか。軽やかなステップ。重ねた手の平の温かさ。恥ずかしそうな笑顔のピントがずれてしまわないように。美しいまま終わればいいのに。
灰色がかったフィルムと、もう照準の合わせ方を忘れ去られたカメラで世界のどこまでが写し取れるだろうか。運命が自らを嘲るように笑った気がした。放してしまえば崩れ落ちる思い出を、眠りにつく一瞬前のゆらめきを。もう一度。もう一度。
震え声の旋律。涙のダンスホール。風に靡く髪と広がるスカート。事切れてはじまる回顧録。さあ、私に身を委ねておくれ。
小指の付け根の横のところが擦り切れて痛くって、うまく歩けなくなるまでは幼さが代わりになった。
「なくなってはじめて気付いてばかりでは何も意味はないんだよ。」
そうかな。
夜明けの空に消えていく星々より美しいものばかりなんだけど不安なばかりなんだ?あの星を落としてみせたら考えなくていいことばかりだ。この重力で。笑顔になってくれるなら靴底が擦り切れるまで走るからさ。半年は掛かると思うけどさ。
優しい魔法で地獄を見せてよ。月の石を掴んで。肩にかかる詩吟の温度だけが秘密の合図だった。きみをこの世界でたった一人にするための冒険譚のための犠牲になる準備を、バックパックいっぱいに詰め込んだ。
覚悟だった。