あなたが花なら
愛を運ぶ風になりたい
あなたが太陽なら
周りを覆う闇になりたい
あなたが猫なら
わたしは雨宿りの枝になる
あなたの唯一じゃなくて良い
あなたの景色の一部になりたい
あなたの幸福の少しは運ばせて
だから置いて行く訳じゃないんだよ
少し北へ行くけどそう遠くはないから
風に乗ってお土産話を持ってまた来るよ
さよならは言わないでね
散り際すら美しく咲くなら私の根元にあなたが眠ってる
さよならは言わないで
光と闇の狭間で僕は
可惜し息の緒燃えてゆく
やぶにらみにどくどく
あなたと踊りたかったんだ
天国は遠くないよね
深夜3時だれも何も言ってないのに
頭の中に負けてしまったようだ
言ってないから行かないで
暖かさが足りないよ
くだらないことでも何でも
あなたが言わない心のこと教えてよ
可惜し息の緒燃えゆく僕らの
孤独を分け合って間に揺れる
太陽はきっと遠くないけど
ずっと後ろが寒いんだ
胎動胎動夢見る胎動
極楽浜にて宙
時雨る星の温度は夢に見た
光と闇の狭間で
水槽に浮かぶ愛
ホルマリンにはいない
水葬では浮かばれない愛
ホルマリンにはいない
腐敗した人生
帰り道はない けれど行く道もない
肉食い破って生まれ落ちるか
悲しみを背負って行く価値はあるのか
意識の底で立ち上がっているのか
これからの何が君をそうさせたのか
自分が分からないのに
他人のことなんかわかるか
見誤った距離では手を握れない
見えないなら存在しないのね
心も命も感情も
あなたとの間に橋を架けて永遠に溶け合う楽園に沈む
距離
窓の外から重いものが落ちる音がして目が覚めた。
いつのまにか日も短くなってしまって、いまが朝か夜か見分けがつかない。まぶたを無理やり上げてカーテンを開けると、昨日とはまるで違う銀世界に目を剥く。もうすっかり冬じゃないか。
冬の、肺を凍てつかせる空気が好きだ。吸った瞬間に体中霜が降りるような心地は寝覚めが良い。暖房を切って、脇の下で丸くなる猫と寄り添う時間が何よりも幸福だ。
降り積もった雪で窓の半分が埋まっていると、なんだか自身がもぐらか何かになった気分になれるのも楽しい。誰の足跡もない雪を踏みつけるたびに消耗する体力、感覚の無い手足や耳、身震いさえないほど冷え切った体。真っ白の視界の中でたった一人枝を燃やすと、そこだけ黒い煙が上がる。
それさえ何故か愛おしいのだ。
何の生命の匂いもしない季節。
冬が始まっていた。
空白を愛でる、静寂を聴く。
冬のはじまり
真黒に浮かぶ光の束を集めた様な金髪を嫌いだといつも彼女は譫言のように繰り返す。
その温度のない暖色はまるで月の光みたいだと思った。
政府というのは使い潰しが聞かないものほど消費したがる様に思える。子供の頃から理解していたとはいえ、再度思い知らされれば、デスクの上に置かれた嫌という程見慣れた1枚の紙を見て深い溜息が漏れた。
現在、CP9全員が何処かしらで潜入調査をしている中で書類が回ってくるのは当然補佐の自分だが、どうにも向いていないものばかりが回ってくる。これならば夜にルッチやジャブラが任務から抜け出して来た方が良いように思われた。しかし、そう言おうものならすかさず目の前の上司が罵って来ることが容易に想像できてしまい、結局黙り込むしかない。
「それじゃあ期限は明日までだ。よろしく」
「……承知しました」
無表情に告げられた言葉に是とだけ答え挨拶もそこそこに部屋を出ると、廊下では現在は潜入調査中であるはずの、同じくCP9所属のカリファが立ち止まっていた。艶やかな長い髪を揺らしながら振り返った彼女は、手に持っていた封筒を見せ付けるように翳す。
「それじゃあ、任務に行きましょう」
故郷の友人からとでも言うような安っぽいフリをした茶封筒が憎々しげに揺れていた。
小さな水飛沫を上げて存外静かに走る海列車の中、海上が夜空を反射して彩られているのを車窓から眺める。そうしてチラリと目の前の彼女を見た。彼女にはあの、遥か遠くで燃える宇宙の屑は何に見えているだろう。そう考えて様子を伺ったところで精巧な陶芸品の様に美しい笑みは微動だにせず、まるで呼吸すらしていないのではと思えるほどの静けさ。ああ、彼女との静かな夜と空間には慣れている筈なのに。真暗の部屋の中、生傷だらけの身体をまさぐって微々たる欲を満たす行為は怠惰的で、いかにも私達らしい。そういう時は、声も出さないし話もしない。ただお互いの吐いた息を聞いて、真っ白なシーツに溺れるだけ。温度のない官能が私達の関係を形どっていた。
今夜の任務は謂わば、一夜限りのランデブー。だだしそこにはロマンスの欠片も無い。財を尽くした豪奢な装飾の窓越しに見えるパーティー会場では著名な貴族が数名。音もなく降り立ったバルコニーで二人きり。
「5分以内に。」
数年ぶりに聞いた声は何故か甘さを帯びていて、けれど何処か喜色めいている。まるで酩酊しているかのような心地の柔かいその声と瞳、なによりその金糸の髪が信じられないほど美しい。
ドアを合図で破壊し、逃避口を塞ぎながら見たダンスホールの真ん中で踊るように血を浴びる同僚の姿を眺める。いやに楽しげに人の命を奪うその様があまりにも鮮やかだった。それはまるで雪原の中で舞う蝶のように。普段の静かな美しさとは対照的な、狂気なまでの無邪気さが彼女を悲しい化け物だと思い出させる。本来なら、要人を確認した後火を放つなりするだけで事足りた任務。それなのに確実性を重視、なんて言い訳じみた理由まで用意して会場に踏み込んだのは、彼女の判断に逆らわなかったからだ。言葉で従わせようとすれば出来た。彼女を止めることが容易な事も知っている。それでも引き留めようと思わなかったのは、きっと私もこの時間が楽しいから。私も彼女があの海上の夜空よりもギラギラと眩く輝くこの時間を心待ちにしていたから。
スプリングがギイギイと軋むベッドの上で、微睡む美しい怪物に身を寄せて、その鼓動を聞いた。人間離れした可哀想な程の強さと美しさに惹かれながらも、一欠片残った人間的な部分を求めた。この人間によって生み出された哀れな人間もどきの、本当を知っているのは私だけなのだという優越感に浸りたくて。滑らかな柔い肌の、まだ新しい無数の傷痕の残る背中に腕を回す。あの時のように。彼女が人間を取り戻すのは、きっと人を殺した後とベッドの上だけだ。
燃やした屋敷が爆発し、飛んできた肉片に塗れながら2人で顔を見合わせた。お互いの素肌に滴る血を見て初めて目の前で笑った。私の上に乗る彼女の、カーテンの様な黄金色が赤に染められたのが黄昏を彷彿とさせて。未だ荒い呼吸に、染み付いた血の香りと焼ける肉の匂いが鼻についた。
「カリファ。」
任務の終了を確認しようと声を出すと、それを遮るように顔を覆う髪の毛と暗い紫色の瞳が真っ直ぐ私を射抜く。人を殺したばかりの血まみれの指で顔を掬われ、鉄臭いキスをした。
死に逝く人に差し伸べすらしなかった指先で愛おしい人の髪を梳く。仕事だと割り切れている時点で狂っている。それなら、世界が彼女を作ったのなら、もう合わせる必要などきっとない。どんな地獄だって彼女と一緒なら堕ちてゆける。美しい声で囁かれる願いのためにどんな事だってできるだろう。どんなに痛くてもいい。いつか忘れるくらいなら、このぬるま湯みたいな関係が永遠に終わらないでほしい。心残りばかりでは簡単に終わらせられなどしないけれど。赤と黒と金、魂にまで焼き付いたそれは間違いなくわたしの救いの色だ。ぐちゃぐちゃになったその色で、どんな地獄だって生き抜いてやろう。
きっと覚えている。忘れずに心で巣食っている。
きっと覚えていて欲しい。終末なんかでは終われないから。
季節外れの向日葵の様な髪が好きだと戯言の様に繰り返す。
私には、その透ける金色が温度のない私達に確かな鼓動を与えてくれるように思えたのだ。
夢小説。
終わらせないで