4限目の講義を聞き終え大教室を出たところで、「今日はもう帰るだけでしょ?僕も傘に入れてってくれない?」とヒカルが僕の腰に抱きついてきた。「人が見てるから」、と腕をほどきながら僕は彼に「自分の傘は?」ときいた。
「貸した。」
「貸した?自分も必要なのに?」
聞けば、傘の骨が折れて困ってたやつに貸したらしい。傘はきっと返ってこない。
「デートに間に合わないって焦ってたからさ。」
彼は息をするように、当たり前に親切ができる。こういうところ、尊敬するし惚れたきっかけでもある。
「どれくらい待った?ラインとかメールとかしてくれれば。」と言う僕の言葉を遮るように「もー、好きな人のこと考えて待つ時間は、幸せ時間なんだよ。」と彼は少し拗ねて言った。その仕草も可愛くて見つめてしまう。
僕は何とか視線をそらし、「じゃ駅まで行こうか。」と言って、僕は彼と並んで歩き出した。
すると彼が「駅までじゃなくて、僕のアパートまで送って。お願い。」と言った。
歩みを止めないまま、僕は彼を見ずに言った。
「君ねぇ、迂闊過ぎない?その上無防備。この間のチューのこと忘れたの?あの時もヤリタイコトとか言って、僕を煽って。」
僕が立ち上まると、ヒカルも歩みを止めた。
「僕がこのまま君の誘いに乗ってアパートにまで行ったら、何もしないで帰ると思う?今度はチューだけじゃ止められないよ?僕は君をこんなにも求めてる。気付いてるでしょ?」
頬を赤く染めたヒカルは一瞬ひるんだけれど、すぐにきっぱりとこう言った。
「信じてる。」
信じてるって何を?
あぁだからうさぎちゃん、僕は隙あらば狙っているオオカミなんだよ。今日はレポートの〆切もない。この件に関しては信じられても困る。僕のオスの本能が理性に圧勝するに決まってる。
けれど。
「あー、まー、送ってくよ、ヒカル。」再び僕は歩き出した。
クソ、どこまで理性が保てるかなんて知ったことか。惚れた弱みだ。ガツガツしすぎだ。
2,3歩遅れて歩き出したヒカルが、ハッとして僕を見た。僕に追いつき抱きつくと「い、いまヒカルって呼んだ?名前呼んでくれたよね?嬉しくて死ねる…もう1回お願い。」
ふんっ、不意打ちをしてやった。僕の気持ち、伝わったか?でも。
「お願い何個するんだよ。僕のお願いはきいてくれないのに。」今度は僕が拗ねたふりをした。ヒカルは僕の持っていた傘を傾けると、電信柱と傘にかくれて僕にそっとキスをした。
2人に雨粒が落ちてくる。
「濡れちゃうね。」ってヒカルが言うから、僕は
「いろんな意味でいろんなところがね。」と答えた。
それにしても、可愛くてずるいな。
「好きだよヒカル。」
そう言って今度は僕からキスをした。
僕は今にも飛んでいきそうな理性を必死につなぎ止めていた。
お題「相合傘」
あの雨の日の夕方、俺が予定もきかずに突然映画に誘ったら、先輩は「ごめん、子供を迎えに行かなきゃ。」と言った。
独身とばかり思いこんでた。子供もいるのか。
俺は秒殺された。家庭と仕事と子育ての3刀流、そりゃ仕事もテキパキとこなせるわけだ。
俺の表情が曇ったことを先輩は見逃さなかった。
「シングルマザーは大変なのよ。でも…。」一呼吸おいて先輩は続けた。「男の人に誘われたの何年ぶりだろう?子持ちのオバサンを、一瞬でも女性扱してくれたって、勘違いしてもいいかな?嬉しかった。ありがとう。」
え?じゃあ今は結局独身?
映画館の前で別れて先輩を見送った時、俺は小っ恥ずかしいが、恋に落ちたと思う。いや思うじゃない、恋に落ちた。
オバサンなんて言うなよ。1コしか違わないだろ。先輩がオバサンなら俺はオジサンか。
会社での先輩しか知らないけど、先輩は素敵な女性だ。誘ったことを嬉しいと言われて、胸の中がどれほど踊ったことか。
先輩の子供のことは正直悩む。嫌なのではなく、母子で既に構築された生活に、俺が割り込む隙があるのだろうかと不安なのだ。まずは先輩に俺を、俺がどういう人間かをよく知ってもらおう。俺も先輩をもっともっと知りたい。そこから始まるんだ。
お題「落下」
ある日、娘夫婦とともに遊びに来ていた孫が、私にこう尋ねた。
「おじいちゃん、大きくなったら何になるの?僕ね、スーパーヒーローとね、お花屋さんとね、サッカーの人とね、お婿さん。ね、おじいちゃんは?」
恐らく孫自身が、まわりの大人に聞かれることをそのまま私に聞いてきたのだろう。
「ほー、すごいな。いっぱいあるんだな。おじいちゃん楽しみだ。ご飯いっぱい食べて大きくならんとな。」
「だから、おじいちゃんは?」
まだ聞くのか。うまく話をそらせぬまま、私は天を仰いだ。
さて困った。
そろそろなれそうな「仏さん」なんてこたえたら、娘にひどく怒られるだろう。
でも私は今年72歳だ。
大きくなったら?ここ数年縮む一方なのに?
考えたこともなかったよ。
お前に広がる未来と私のそれとではまったく異なる。それが老いるということだ。
キラキラした目で私の答えを待つ孫に、どう答えるのが正解なのか。とりあえずウルトラマンでお茶を濁すか?あまりの難題に私は頭を抱えた。
お題「未来」
ちょうど1年前の今日、僕は生まれてはじめての告白で撃沈した。
断られた挙げ句、いくつかのダメ出しもくらった。
他の女の子だったら1年後にもう1度告るなんて思わなかっただろう。
でも僕はこの日のために精一杯努力した。
何故か。
それは僕らが小学2年生の頃だ。僕がクラスメイトに受けていた嫌がらせを、やめさせるきっかけを彼女が作ってくれたんだ。「嫌なことは嫌だってちゃんと言わなきゃ、ダメだよ。」
それから僕が頑張って嫌だと言うようになると嫌がらせは少しずつおさまっていった。ぼくがいつもニコニコしているから、ぼくが嫌だって思っているとは、そいつらは思ってなかったのだった。そのすぐ後、彼女は転校した。
そんな勇気と救いだった彼女が、再び僕の前に現れた。すぐに彼女だとわかった。
変わらず可愛くて格好いい女の子だった。
僕は他の男にとられたくないと焦ってしまった。
自分の焦りという都合だけで告白したのだから、伝わるわけがなかったし、彼女にしてみれば、僕のことなんて覚えてるはずがなかったんだ。
だから僕は1年後を目標に毎日身なりを整え、勉強にも水泳部にも打ち込んだ。成績も少し上がって体にも筋肉もついてきたと同時に、自分に自信が持てて背筋を伸ばして歩くようになっていた。
彼女にふさわしい男になっただろうか。
その間にも彼女は何人かの男に告られたらしく、その噂を聞くたびに焦りが蘇ってきたけど我慢して自分を磨いた。
そして今日、彼女を再び呼び出そうとした矢先、彼女の友達が僕を呼び出しに来た。
え?どういうことだ?何だろう。何かしたか?
動揺を隠せないまま、僕は呼び出された場所に向かった。
お題「1年前」
国語辞書(紙)
お題「好きな本」