この嘘つき野郎
吐き捨てるように、笑顔で映る写真立ての男に呟いた
今の俺の表情を見たら、アイツは困ったように
笑うだろうか
お人好しで呑気なやつだからきっと、そんなリアクションをとるだろう。あぁ、予想はつくさ。
それだけ、俺たちが過ごした時間は長かった
ガキの頃からの付き合いだ。
一緒に、くだらない事で笑って、怒って、失恋したら
笑い飛ばして、何故かお互い号泣して朝まで語り明かしたりもした。
大人になってもこれからも、そんな風に付き合いが
続くと思ってた。思ってたのに。
「、、、馬鹿野郎。なんで、何も言わなかったんだ」
ひと月前、電話で久しぶりに飲みに行こうぜと
話してただろうが。お前は、あぁ、絶対行こうと言っただろうが。
この嘘つきヤロウ、馬鹿野郎、、バカヤロウ、、
いや、馬鹿野郎は、俺の方だ、、
ガキの頃からの親友だったのに、俺はアイツが
優しくて、気の弱い所があるのを知ってたのに
助けてくれって、言えないやつだったのを呆れてしっかりしろよと何度も言うくらいに理解してたのに、、
よりによって、なんでアイツの静かなSOSに気づいてやれなかったんだ
電話口で、喋るアイツの声が少し暗く沈んでたのを
違和感を覚えたのに。
後悔から、胸の奥が潰れるような嗚咽が漏れた
もうこの世界にアイツはいない。それだけが真実だ。
だがな、俺はこれが別れだとは思わない、いや
認めてやらねぇからな。今度会った時は、申し訳なさそうに笑うお前の顔、一発ぶん殴ってやるから覚えとけよ。
だから、しばしの別れだ
「また会いましょう」
ソーダ色の青い空、フワフワの口に含んだら甘そうな雲
小さい頃から、青空に手を伸ばして触れようと頑張って
頑張ってよくジャンプしてママによく笑われてたっけ。
どうして、あの綺麗な青空には手が届かないのだろう
どうして、あの広い青空には果てがないのだろう
首が痛くなるまで、見つめ続けて何度もそれに触れるイメージをしてみた
今にして思うとあの時から、私は青い空に異様に魅入られていたんだと思う
私も、青い空を見下ろしてみたい。空と同じ景色を見てみたい
だんだん私の瞳は、空を見ているのではなくその正体を知りたくて果てを見通したかったのかも知れない
だから、あらがえない。
この衝動、この情熱、この激情
今日は、いい天気だ。風が強く吹いて気持ちいい
高いところから見る景色はどこまでも、青い空が
続いている。それなのに、私が見ているこの景色は
ほんの一部分に過ぎないのだ。
人は、生涯を終えると魂が肉体から離れ
天に昇っていくらしい
天に昇れば、私も美しい青空に近づけるだろうか。
どれだけ、地面を踏み締めてジャンプしても近づけなかった幼いわたし。
どうして、こんな簡単なことに気づけなかったのか
私も、高いところから景色を見下ろして
飛べばいいのだ。
この肉体は邪魔だから近づけない。
だから、肉の塊を脱ぎ捨ててしまえばいい。
そうすれば、青空まで魂が浮いて手が届くかも知れない
ママ、怒るかな。でもごめんね。
どうしても、この情念からは逃れられないの。
「どこまでも続く青い空」
「ヨウくん、何してるの?」
オレンジ色に染まる公園のすべり台の下で、黒髪の
青年がしゃがみ込んでいた
私の声に、反応して振り返る
影を落とす長いまつ毛に縁取られた魅惑的な黒い瞳が
私を射抜く
ニンマリと弧を描く赤い唇が、白い肌を際立たせた
「ああ、カナコちゃん。こんにちは」
「うん、こんにちは。ヨウくん1人で何やってんの?
何か探してるの?」
「探し物?うーん、そうかも」
ふふっと、あどけない笑みを浮かべてまたぼんやりと
公園の砂を細い指でいじる
その人形のような横顔の美しさに見惚れながら
ヨウくんは、昔から変わってる人だからなぁと思った
「あ、あった」
「よかったね、探し物見つかって、、え、?」
長い指先が、砂の中からつまみ上げたのは
なんと白い骨だった。細く長い、まるで人間の指だったようなもの
「ヨウくん、それ」
「見てみて、カナコちゃん!俺が、昔埋めた宝物!」
「宝物って、、これ、どう見ても人間の骨じゃん!
人間を埋めたってこと!?」
あまりにも無邪気に、宝物などというから恐怖から
大声で詰問する。ヨウくんは、そんな私を見て
キョトンとしている
「何言ってるの?これはね、ただの人間じゃないよ」
「、、どう、いうこと?」
「これはね、母さんの骨なんだ。男を作って俺を捨てて
家を出ようとしたから。だから、公園は俺にとって母さんとの大事な思い出だからここに埋めて誰にも盗られないようにしたんだ」
愛おしそうに笑うヨウくんが、得体の知れない
ナニカに視えた
そうまるで、
「宝物は大事にしまっておきたいけどさ、ほら
たまには掘り起こして眺めたいじゃん。腐敗が進んで骨になればまた、手元に置いておけるよな」
「子供のように」
朝早く起きて、眠たい目をこすりながら
顔を洗い軽めの朝食を食べる
メイクして身支度を整えて、仕上げに鏡に映る自分に
気合いを入れるためのとびっきりの笑顔
狭くてむさ苦しい満員電車に揺られながら出社
まったく、子供じゃないんだから不機嫌を人にぶつけるんじゃないわよ、なんて思いながらも
ネチネチ嫌味ばかりの上司に、ぺこぺこ頭を下げながら業務をこなす
おしゃべり好きな同僚とランチしながら、社内のどうでもいい噂話に肯定も否定もせずニコニコしながら相槌をうつ
この子、そうやって私のことも影でコソコソ言ってるんだろうな
午後からも、時計を気にしながらパソコンにかじりついてやっと業務終了させた
仕事ができない上に、プライドだけはやけに高い後輩くんのフォローをしたからいつも以上に疲れた
クタクタになりながら、夕食のメニュー考えるけど
もうそんな気力も体力もないから今日も、コンビニ弁当でいいや
6畳にも満たないこの自宅の一室が、私の唯一の
安心できる場所で、素の自分でいられる無二の居場所
心を許せる友達も、心底愛せる恋人も、信頼できる家族もいないそんな寂しいアラサー女の地味なサンクチュアリ
だけど、そんな日々を淡々と生きて自分のやるべき事をやってるんだから頑張った私を労いたい
一日を乗り切った私にお疲れさまをこめてビールを一杯
はぁ、今日もしんどかった
「束の間の休息」
「本当に、アナタは美しいわね。さすがは私の娘」
それが、ママの口癖だった。みんな、アタシの美しさを誉めそやす。そして決まって言うのだ。
「お母さんに、よく似てるね」
長くツヤのある髪。透き通るような白い肌。
キスしたくなるようなジューシーな唇。吸い込まれそうな魅惑的な瞳。抱き寄せたくなるような華奢な身体。
写真で見た若かりし頃の、ママの生き写し。
アタシにとってそれは、最大の褒め言葉で誇りだった。
ママは、アタシの髪を優しく撫でて囁いてくれるの。
「アナタは、私の娘。私がお腹を痛めて産んだ美しい娘。
美しい私から生まれた特別な子なのよ」
毎日、繰り返し繰り返し。その度に、幸せな気持ちになるの。アタシ、大好きなママにとっても愛されてる。
いつも、忙しくて普段は会えないけど夜が深まった時間には会いに来てくれてアタシとお話ししてくれる。
ママのそういう優しいところが大好き。
優しくて心配症だから、男の人とあまり仲良くするととっても怒るから近づかないようにしてる。ママが悲しむことはしたくないもの。
アタシの世界は、ママがすべて。アタシの1番の理解者なのよ。だって、アタシを産んでくれた神様だもの。
これからも、ママとずっと一緒にいたい。
そして、もっと愛されるためにお利口さんで美しいアタシで居続けなければならないわ。
ああ、このまま時間が止まればいいのに。
「時間よ、止まれ」