星に願いを。
ではなく。
月に願いを。
月に・・・、お願い事を三回繰り返せばいいのだろうか?
でも、流れ星ならばともかく、月ならいつだって―――昼にだって見えるのだ。
あまり特別感はないし、だから己の願いを託すには、少しだけ期待性に欠ける。
―――そもそも自分の中には、月はあろうことか、星にさえ授ける願い事がない。
だって、現状に大いに満足しているのだから。
君が隣にいてくれれば、願うことなんてそんなの、どこにもありはしないのだ。
そう一人独白しながら、とっくのとうに冷たくなって動かない、大好きな彼女に頬擦りをした。
「あーあ・・・」
ぽつりと、自分の呟きは土砂降りの雨に掻き消される。
雨だ。
しかも、小雨ではなく大振りの。
天気予報では、この雨は明日の朝まで止まないという。
残念。明日の体育はテニスだったのに、この雨じゃあ中止になりそうだ。
目前の問題よりも、未来の問題。
そんな能天気な自分に、いつの間にやら隣にいた人物が呆れたように語りかける。
「体育はともかく、お前、傘持って来てないんだろう? 帰りはどうするんだよ」
声の主は部活の先輩だった。
そうだ。
昨日散々母親に、明日は雨だから傘を忘れないようにと忠言されていたのに、今朝はバタバタしていたせいで、傘の存在を失念していたのだ。
しかし、雨宿りしていたら学校に泊まり込むことになるし、この大雨じゃあ走って帰るのも困難だ。ここは可愛らしく、先輩に甘えることにしよう。
「相合傘を提案します」
「ま、いいけどよ」
快く了承してくれた先輩は、手に持っていた傘を開き、その中に私を入れてくれた。
「・・・傘、凄い傾いてませんか?」
「し、仕方ねぇだろ。お前をずぶ濡れにさせるわけにはいかねぇじゃねぇか」
そうは言っても、私からすれば、先輩がずぶ濡れになる方が気に病む問題だ。
現に今も、私の方に傘が傾いているせいで、先輩の肩が雨に曝されている。
「先輩の傘なんですから、どーぞ先輩が遠慮なく使って下さい」
「ばっ、馬鹿お前!」
ぐいぐいと傘の持ち手を押すと、先輩は慌てふためき困った表情を作る。
馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。
「あ、雨に濡れたら・・・し、下着が透けんだろうが!」
投げやりにぶつけられた言葉に、私は思わず呆然とする。
下着が透ける。そりゃあ確かに、濡れたら透ける。当然だ。
そうは言っても・・・。
「それは先輩だって同じじゃないですか。今日は可愛いブラ着けてきたんでしょ?」
「うっ・・・・・・」
忘れてた、という顔だ。
全く呆れたものである。
それは秘密の趣味のはずなんだから、透けちゃあ大問題なはずなのにね。
―――明日、世界は終わります。
との速報。
今から約二十一時間後に、宇宙からはるばるやって来た巨大隕石が突撃し、世界は等しく終焉を迎えるのだと言う。
朝ご飯の匂いと、父が新聞紙を繰る音が聞こえる平和な朝には到底不釣り合いな、現実味のないニュースだった。
わん、とお隣さんちの犬が鳴く。そんな登下校の日常も、隕石が降ってきたら粉々に消えてなくなっちゃうんだろう。
わん。
とまた、犬が鳴く。
そういえば、この子の名前、聞いたことなかったな。
また明日にでも、お隣さんに聞いてみようかな。
―――ああ、そうだ。
「また明日」は、もうないんだっけ。
ふ、ふふふ。
やったぞ! ついに手に入れた!
透明人間になる薬を!!
これを飲めばやりたい放題だ!
ゴクゴクゴクゴク。
・・・これ、ちゃんと消えてるのか? うーん。自分じゃ確認のしようがないな。
よし。
おい、姉ちゃん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・こりゃ成功してるってことでいいのか?
おーい、バーカ。バーカ。
・・・姉ちゃんのプリン食べたの、父ちゃんの仕業って言ったけど、本当は俺だぜ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・マジか。
よっしゃー!! これで・・・ぐふふ。
これで―――、
―――母ちゃんの敵がとれる。
さあ、やろうぜ。復讐。
きみはぼくのおにんぎょう。
かわいくきかざって、かわいいかわいいね。
? おかしいな。おにんぎょうなのにしゃべってる。
おかしい。おかしいな。
これじゃあぼくのおにんぎょうじゃない。
ぼくのりそうのきみじゃない。
しかたがないから、おくちはぬってしまおう。
あれ、そのて、どうしたの? ぼろぼろでいたそう。
しかたないから、ぼくがぬってあげる。
これできみは、またかわいいおにんぎょうさん。
あれ、うごかなくなっちゃった。ざんねん。