なんで嫌な記憶はこんなにも強く強く脳裏に焼きつくのだろうか。
小中高と学生時代を過ごしてきて、友達もいたし、先生にも信頼してもらってたし、楽しかったはずなのにふと思い浮かぶのは辛い記憶ばかり。
あの頃の私のイメージはきっと優しくて、何してもいい人だったんだろうな。私をうまく利用してきた人たくさんいたし、利用しようとしているんだろうと分かっていながら関わってた人もいた。
それでも、私を利用した人はみんな楽しそうに笑ってるからそれでいいと思ってた。
でも今日、大学で出会った友達が言っていた言葉にハッとさせられた。
「優しすぎるのって悪い人を引き寄せるだけ。幸せになるためには優しすぎるのは悪いことだと思う。」
幸せになりたいなら自分で掴みに行かないとダメ。
いいよいいよって受けてるだけじゃダメ。
決めたよ。
私の脳裏にチラつくあの人たちに負けないくらい幸せになる。程よい優しさととびっきりの笑顔で。
私は他人と自分との境界線が薄い。
他人の思っていることがわかってしまうが故に悩んでそうだなと思ったら声をかけてしまう。
そして自分の事かのように一緒に悩んで辛くなる。
他人のこと考えて辛くなるなら辞めたらいいのに
そんなん考えすぎやろ
自分で蒔いた種やん
そう言われてしまうことも多かった。それでも見て見ぬ振りをしてもその子のその後が気になってしまうからダメだった。
でも1人だけそう言わなかった子がいた。その子は
考えても他人のことなら意味ないとか言う人もいると思うけど、もし自分が悩んでるときこんなに一緒に悩んでくれる人がいたら嬉しいもん。立派な特技やろ。
と言った。
意味のないこともこの世にはたくさんあるんだと思う。
でもその意味を自分が見つければ、きっとそれは意味のあることになる。
意味のないことの意味を見つけられる人。そんな人に私もなりたい。
あなたから見たわたしは
私とは全然違う。
あなたっていうのは私以外の人のこと。
昔からいつも
優しくて、気配りができて、正義感が強くて、誰に対しても思いやりを持って接してくれる良い子
そうやって評価されてきた。
でも私は
心の中では怒ってるし、何かに気付いても知らないふりしちゃうこともあるし、褒められるために行動しちゃうときもあるし、嫌いな人だっているんだよ。
でもみんな私を見つけてくれないから、
わたしのことばかり褒めるから
私じゃダメなんだって思うようになっちゃった。
明るいうちはわたしでいても苦じゃないし、ねこかぶってるわけじゃないんだけどね
夜になると私が忘れないでって訴えてくるの。
あなたとわたしと私。誰がいい人なんだろうね。
「絶対雨女やろ」って君がいつも言うから
「違う!絶対雨男なんやろ」って返して
目を合わせて笑う時間が好きだった。
私も君も頭が痛くなるから雨が嫌いだったのに、一緒に遊ぶ時は半分ぐらい雨だった。
初デートだったイルミネーションも雨だったね。最悪だって思ってたけど、傘をさした君が「おいで。」って相合傘にしてくれた。
あのときの雨すごい大雨だったけど、私には幸せな記憶として残ったよ。すごく寒くて、風が吹いてて、強い雨に打たれたはずなのに、心が暖かかったせいで暖かくて柔らかい思い出になったよ。
もう期待なんてしないからさ、
私のこと忘れていいからさ、
次の女の子はちゃんと幸せにしなよ。
私も頑張るからさ。
苦しい局面で一筋の光が見えることを人は奇跡という。
私は奇跡は軌跡だと思う。
奇跡はここまで人一倍努力して、何かを犠牲にしてまで頑張ってきた人にしか起こらない。頑張った人全員に必ず起こるわけでもない。
毎日汗か涙かわからないくらいきつい練習、朝から晩までコートに立って、監督の怒号を浴びた高校時代。引退した今も現役生に監督が私のことを話してもらえるくらいには努力した。それでも私に奇跡は起こらなかった。インターハイ予選で急にプレーすることが怖くなって負けた。正直立ち直れないくらいに落ち込んで、試合後に学校へ帰るバスでも帰ってからのコートでも家でも泣き続けた。
でも次の日から私はコートで泣かない決心をした。
監督にチームのためにサポート側に回らせて欲しいとお願いして、インターハイに進んでくれた選手やまだまだ未熟な後輩の指導やサポートにあたった。本当は惨めで、情けなくて、辛かった。
高校卒業の日。予選でペアを組んでいた後輩が手紙をくれた。「先輩はチームにとってかけがえのない存在です。」この一言で、軌跡なんだと思った。奇跡は起こせなかったかもしれない。でも私の歩んだ軌跡はちゃんと伝わってる。ここに来てよかった。