しあわせだなぁって思うと
怖くなる。
止まない雨はないように
沈まない太陽もないんだから。
この“生”というものが
“死”へのカウントダウンだとして
“生”が期限付きなんだから
しあわせも期限付きだよなって。
でも賞味期限はないのかも。
今思い出しても輝かしい夏があって
今思い出しても胸の温まる冬があった。
今もちゃんとおいしいじゃん。
しあわせな時間は有限でも
幸せの効力は無限なのかも。
戻りたい過去はありますか?
私にはない、なんてかっこいいことは言えない。
ごめんねが言えなかったあの日
あと一歩踏み出せなかったあの夏
好きが喉につまって苦しかったあの冬
過去に戻れたらそれは変わるの?
過去に戻ったらなんて、
所詮空想で、
空想の自分を勝手に強くしちゃってて、
そんなの勝手だよね。
過去に今のまま戻ったって弱いままだよ。
言えないまま、
踏み出せないまま、
苦しいまま。
空想にならって傲慢に
なんの強さもなしに
勝手に自分を高く見積もって
その傲慢さがあるなら今やればいいのにね。
わかってるよ、そんなの。
現実を傲慢に生きる術を知っていられたら
どんなに楽だったか。
汚くて、ずるくて、
自分を1番可愛がってあげられる、
そんな生き方をどこでなら
教えてもらえますか?
自分をうまく愛せなくて、
自分を自分が一番責め立てて、
自分で自分を罰する。
自分を大切にすることが上手な人が
羨ましくて
嫉妬するほどに眩しくて
また自分の傷をえぐった。
この傷が
美しいものだと
この傷が
右も左も分からない一度きりの人生を
懸命に生きた証だと
そんな風に思えた時、
きっと私は私を好きになれる気がする。
私はここでぬるい炭酸みたいな言葉を時々綴る。
必要とされなくて、鬱々として、日の目を見るのを(炭酸と言うなれば冷やされるのをということか)待ち侘びたような言葉。
私はいつも頭が忙しくて、思考が溜まって、感情で胸焼けするような感覚にすら陥ることがある。
そしてまた、
なぜか言葉に書き起こせないような、
靄がかかった思考たちが、
突然炭酸の蓋を開けたように溢れ出ることがある。
そんな時にここに書く。
無口な君、名も知らぬあなたに、
私の言葉が一片でも届けばと。
居酒屋バイト歴1年くらい
人員不足、機械故障でクレーム対応に追われてた時、謝りすぎて心が完全に疲れてた。
でも切り替えて笑顔でオーダーを取った。
レジでお客様に
「楽しそうにお仕事されますね。明日も頑張れそうです。」
申し訳ございませんと困り顔してばっかりだったのに、そんな言葉をかけていただけたことが何よりの励みだった。
なんというか
ひとひらの桜みたいな言葉だった。
言葉は生物だから散っていってしまうけれど、その一言だけは私の心に映り込んだ。去年の桜を忘れないみたいに、この言葉はきっと忘れられないものになる。
誰かの明日の希望になれたこと。接客だけで、私が笑顔でいることで、名前も知らないその人の明日に関われたこと。
私もこう言える人になりたい。