【狭い部屋】
オレが暮らす部屋は、やたらと狭くてやたらとモノが多い。その部屋の中で見つからなくなるモノも多々あるのだが、大抵の場合は大捜索の末に無事発見されて一件落着となる。
ところが、今回はマズイ展開になった。失くしたのは、こともあろうにこの部屋の鍵だ。昨日、深夜に帰宅したときは自分で鍵を開けたのだから、この部屋のどこかにあるはずなのに見当たらない。着ていた洋服やカバンの中など、心当たりのあるところも全て探したがやはりどこにもない。
もう、新しい鍵を作るしかないか。結構イタイ出費だよなぁ…若干心が凹んだタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
「先輩、ただいま帰りました〜」
目の前に現れたのは、大学の後輩で同居人の小谷だ。2泊3日の合宿から今日帰ってくることを、すっかり忘れていた。
「おかえり、小谷。合宿楽しかったか?」
「はい、それはもう!ってその話はとりあえず置いといて…これ、先輩のですよね?」
小谷がいきなりオレの目の前に突き出したのは、さっきまで血眼になって探していたこの部屋の鍵だ‼︎
「鍵穴に刺さったままでしたよ。持ってかれたらど〜するんですか!ここ、僕の部屋でもあるんですからね。セキュリティ、ちゃんとしてくださいよ‼︎」
だいたい、鍵がないなら何故真っ先に鍵穴を確認しないのかと、小谷は帰宅してからの小一時間をオレの説教に費やした。昨日は珍しく同居人が留守だからと外で飲み、玄関のドアを開けてから記憶がほとんど抜け落ちていたオレが全面的に悪い。
「小谷、ごめん。悪かった。もう2度とやらない。今度はちゃんと鍵穴も確認するし」
「それより先輩、いつになったら自分の部屋探すんですか?ここに転がり込んでから随分経ちますよ。もともとそんなに広くない部屋が、先輩が来てさらに狭くなってるんですからね!」
あ、そうだった。オレの方が間借りさせてもらってるんだっけ。ゆえに、本来なら部屋が狭いなどという権利はどこにもない。ないのだが、オレにとっては今の暮らしがどうにも居心地がいいのだ。部屋が狭かろうが、モノが多かろうが、小谷がいる、それだけで。
「じゃあさ、広いとこ引っ越すか。2人で」
「ど〜してそ〜いう話になるんですか⁈ だいたい先輩、自分の立場をわかって言ってます⁇」
しまった、説教話はまだ当分終わりそうにない。しばらく、この狭い部屋で素直に話を聞いておこう。いつか、新居に引っ越したときの良い思い出話になるだろうから。
【失恋】
「思えば、失恋みたいなものなのかなぁ」
フミヤは、長年勤めていた会社を今年初めに突然辞めた。友人から理由を問われ、あらためて考えたときに出てきた言葉が『失恋』だった。
出会いは、ブログで見た1枚の写真だった。会社の全景写真の隅に、手書きで「スタッフ募集中」の文字が添えられていた。その文字に一目惚れしたのだという。すぐさま、応募の連絡を入れて面接、そして採用へとつながった。
会社では、さまざまな仕事を担当していた。中でも意外と多かったのは、あのブログ写真で見たような手書き文字を書くこと。自分が一目惚れした文字の書き手である前任者にならい、日々のSNSに添える一言や季節の便りなどあらゆることを自分の文字で表した。
数年間、忙しくも楽しく仕事を続けていたが別れは突然やってきた。フミヤが勤めていた支社が、業務再編で本社と移転統合されることとなった。もし、会社から要請があれば本社への異動も検討するつもりだったフミヤだったが、そのような話は一切なかった。
「フラれたんだよなぁ、結局」
フミヤは天井を見上げて一言呟いた後、話を続けた。
「俺ね、あれだけ世話になった会社だし、まだ愛着もあるんだけど…今は正直嫌いなんだよ。SNSも極力見ないようにしてるし。これからまた気持ちは変わると思うけど、今は「嫌いだ」って思う自分自身も認めなきゃって思ってるんだ。そうでないと、フラれたこと自体を自分の中で認められないから」
「でも、恋の終わりって引きずるんだよなぁ」と言いながら、フミヤの表情は話し始めたときよりどこか晴れやかに見えた。
次の恋の始まりは、意外と早いかもしれないーそんなふうに感じさせる表情だった。
【梅雨】
梅雨どきは、自宅にいる時間が長くて
お昼は手軽な即席め〜んってこと、
ありがちですよね?
でも、カップ麺1個じゃ何か物足りない…
これもまたありがちでしょ?
そんなあなたにお届けしたい!
【チカラがワクワク 力杯麺】
材料は、どこのご家庭にもよくある
即席カップ麺とパック切り餅&熱湯
5ミリ程度にスライスした切り餅を
フタを開けたカップ麺の中にin!
あとは表示された量の熱湯を入れ、
指定された時間を待つのみ。
たったこれだけで、お餅も柔らかくなって
餅同士まったくくっつきません!
これはなかなかの感動もの。
提案者である母と私は、これにハマって
最近は週1ペースで食べています。
誰?「カロリーが…」なんて言ってるのは。
「美味いは正義」なので全てに勝ります。
1度お試しあれ♪
【ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。】
それは、毎日ここに来ては
決して短くはない文章を書いている私
物凄い速さで追ってきているのは
巷で流行るスピード重視のSNSだ
追い込まれたくなくて
巻き込まれたくなくて
ここにきているはずなのに
いつの間にか自分で自分を
追い込んで巻き込んで焦らせて
それでもなお書き続ける日々
決して出来の良い日ばかりじゃない
むしろ消化不良のことも多い
それでもなお必死に走り続けるのは
走り続けた先の景色を見たいから
上出来なのか不出来なのか
今日もまた判断がつかないまま
まだ見ぬ景色に向かって
私は走り続けている
たぶん明日も、明後日も、きっと。
【ごめんね】
学校からの帰り道、見覚えのある後ろ姿を見つけたので声をかけた。
「母さん、今帰り?」
「あぁ、おかえり。今、そこのスーパーで野菜が大安売りでね〜。ついでに牛乳も切らしてたから買ったらこんなことに…」
母の両手には、パンパンに膨らんだ買い物袋がぶら下がっている。
昔から母はこういう人だ。
とても自らのキャパでは抱えきれないものを、「母だから」という理由で1人抱え込もうとする。それは日々の買い物に限らず、父が他界してから一時が万事この調子だ。
「持つよ、ほら」
「いいわよ〜、これくらい。母さん、まだ若いんだから」
「こんなところで息子相手に若いアピールしてどうすんの。いいから、ほら」
半ば奪い取るようにして持った母の荷物は、運動部の俺でも結構腕にくる重さだ。たまたまこうして手伝えるけど、母だけならどうなっていただろうか。
「ごめんね、重いもの持ってもらっちゃって」
母は、そう言って少し後ろを歩いた。家のことを手伝ったとき、すぐに「ごめんね」と言うのも昔から変わらない。
「あのさ、そういうときは「ごめんね」じゃなくね? 「ありがとう」の方が俺嬉しいんだけど」
母の方を向くことなく、ずっと思っていたことを告げた。しばらくして振り返ると、母はその場に立ち止まっていた。慌てて駆け寄ると、母は一瞬顔を隠したがすぐに笑顔を向けた。
「そうね。いつもありがとうね。今までもこれからもず〜っとず〜っとありがとうね」
今まで抱え持っていた荷物を全て手放したような、すっきりした笑顔だった。
「うん、やっぱそっちがいい」
その瞬間、俺の中の「ごめんね」はすべて「ありがとう」に置き換わった。ようやく、ここから母と対等になれるのかもしれない。そんなふうに思いながら、赤く染まる空の下を母と2人並んで歩いた。