【ごめんね】
学校からの帰り道、見覚えのある後ろ姿を見つけたので声をかけた。
「母さん、今帰り?」
「あぁ、おかえり。今、そこのスーパーで野菜が大安売りでね〜。ついでに牛乳も切らしてたから買ったらこんなことに…」
母の両手には、パンパンに膨らんだ買い物袋がぶら下がっている。
昔から母はこういう人だ。
とても自らのキャパでは抱えきれないものを、「母だから」という理由で1人抱え込もうとする。それは日々の買い物に限らず、父が他界してから一時が万事この調子だ。
「持つよ、ほら」
「いいわよ〜、これくらい。母さん、まだ若いんだから」
「こんなところで息子相手に若いアピールしてどうすんの。いいから、ほら」
半ば奪い取るようにして持った母の荷物は、運動部の俺でも結構腕にくる重さだ。たまたまこうして手伝えるけど、母だけならどうなっていただろうか。
「ごめんね、重いもの持ってもらっちゃって」
母は、そう言って少し後ろを歩いた。家のことを手伝ったとき、すぐに「ごめんね」と言うのも昔から変わらない。
「あのさ、そういうときは「ごめんね」じゃなくね? 「ありがとう」の方が俺嬉しいんだけど」
母の方を向くことなく、ずっと思っていたことを告げた。しばらくして振り返ると、母はその場に立ち止まっていた。慌てて駆け寄ると、母は一瞬顔を隠したがすぐに笑顔を向けた。
「そうね。いつもありがとうね。今までもこれからもず〜っとず〜っとありがとうね」
今まで抱え持っていた荷物を全て手放したような、すっきりした笑顔だった。
「うん、やっぱそっちがいい」
その瞬間、俺の中の「ごめんね」はすべて「ありがとう」に置き換わった。ようやく、ここから母と対等になれるのかもしれない。そんなふうに思いながら、赤く染まる空の下を母と2人並んで歩いた。
5/30/2023, 5:11:38 AM