幼い頃の記憶は、大人になって薄れていくもの。
けれど、私はあの日あの時食べたいちごのショートケーキの味を、今でも忘れられないでいる。
初めて自分のお小遣いで買ったコンビニのケーキ。
その日、親が帰ってくるのは夜遅くだったこともあって、ナイショで買ったのだ。
いつもケーキを食べられるのは誕生日から2日後の日。だいたい私の誕生日の日は平日だから仕方がない。母と父と一緒に食べるなんてことも滅多になかった。
だから今日は、ひとりぼっちで食べる秘密のアフタヌーンパーティー。お友達はクマのジョンと、うさぎのラッキー。
ぬいぐるみを友達だっていうのはおかしいって言われるけど、生まれた頃から一緒のふたりは私にとっての大事な友達だ。さすがに喋ることは無いけれど……。
「いただきます」
豪華にもふたつ入っているうちのひとつは、母のために取っておく。父は昨年家を出てしまったから揃うことの無いケーキ。ふたつとも本当は食べたかったけれど、最近母が夜啜り泣いているのを知っているからこそ、食べて欲しかった。
ケーキの甘さで、涙のしょっぱさも甘くなればいいのに。
甘いクリームに、ふわふわのスポンジ。断面を彩るいちごはちょっとすっぱい。甘さと酸味が絶妙であっという間に半分食べてしまった。残りの半分はお友達へ。ジョンは体が大きいからたくさんたべる。ラッキーはケーキよりいちごの方が気になるようだ。
だから私の取っておきのいちごをあげた。
いつからだろう。ふたりが人間の食べ物を食べたがるようになったのは。ちょっと前からおやつのビスケットを食べたがって、促されるままに食べさせた。次は唐揚げ。次は……ぱぱ。
私は知っている。ぱぱの行方。胸の内側にあるハートが一番美味しいんだって。
最後は大人になった私を食べるのだろうか、なんて。
口元のクリームをティッシュで拭った。
魔法のほうきがあったなら、秋の心地よい風に乗って遠くまで行けるだろうか。
羊雲の群れに乗って、たなびく雲の一部になる。
胸の内がドキドキして、高く、もっと高く!
誰も見たことのない景色をみたい。
見上げるは青空。
今空へとときめく心よ。私を空へと連れていけ。
高く。高く。