『色なき風』
人は秋風を色なきと云う
然れど吹く風実に柔らかく
尾花を揺らし紅葉撫でる
色なき風が色取る月よ
あゝ秋風よ色なき風よ
──お題:秋風──
『また会いたいが言えなくて』
「ねぇ、この漫画借りてもいい?」
幼い頃から幼馴染の君に何度も言っていた言葉。私の親は厳しい人で漫画やゲームを買い与えてくれることはなかった。だけど、君はそんな私に色んな世界を見せてくれた。剣を持って勇気を奮い冒険をする物語、甘酸っぱく切ない恋をする物語、連続殺人事件の犯人を追う手に汗握る物語。
色々な世界に触れて、私は成長してきた。そしてその傍にはいつも君が居た。だから、私は君のことが好きになった。
だけど、幼馴染という安定した関係を崩すのが嫌で、一線を越えることはしなかった。
ある日、君には彼女が出来た。私から見ても凄くお似合いのカップルだった。
君の隣にいるのはずっと私だけだと思っていた。幼馴染という関係性に満足して、それより先に進もうとしなかった私が悪いのだけれど、どうして私じゃないのと醜い気持ちを吐露しそうになった。
君は彼女が出来てからも、流石に頻度は減ったとは言え私と遊ぶことはやめなかった。彼女も私たちの関係はよく知っているようで文句を言うことはなかった。
それが彼女に嫉妬の感情を向ける私には辛かった。むしろ彼と会わないでと言われた方が幾分か良かったと思える程の自己嫌悪に陥ったこともあった。
そんな思いも露知らず、君は今日も私を家に招く。心の中はどうあれ、君と一緒に居られる時間は楽しいもので今日も私は君の家に上がる。いつまで家に誘ってくれるのか、いつか誘ってくれなくなるのなら、私から次の約束を取り付けようか。
でも、直接また会いたいなんて絶対に言えなくて。だから借りた本を返すと言う口実を作って会えるようにしているだけ。借りた本の内容なんてほとんど頭に入っていなかった。
あぁ、どうか、この気持ちが君にバレませんように。
──お題:また会いましょう──
『犯人の独白』
スリル。それ自体に不快感のない不安感や恐怖感と、それに付帯する緊張のことだ。そして私はそんなスリルが好きだ。
ある日、私は山奥の別荘に人々を集めて殺人事件を起こした。集めた人の中には探偵も居る。スリルを追い求めるためとは言え人を殺すという行為への恐怖、探偵に犯人が私といつ見抜かれるのかという一種の不安。様々な感情が混じって最高のスリルを感じていた。
そして今、別荘の居間には私に招かれていた全員──私に殺された人物を除くが──が集められている。
そんな人々の前に一人立つのは探偵の彼。今から推理ショーが始まると言うわけだ。恐怖からか少し震えている人や緊張の面持ちをしている人が居る中で、私は期待から来る笑みを堪えられていただろうか。
「犯人はあなたです!」
探偵が私に向き直ってそう言う。あぁ、その顔だ。私を犯人だと断定し切っている顔。その自信満々の顔を崩す瞬間が堪らないのだ。
仮に敗れたとしてもそれはスリルを追い求めた末の破滅。そしてその破滅に身を投じるのもまた一興。つまり、これはどちらに転んでも快感を得られる最高のシチュエーションなのだ。
あぁ、探偵さん。貴方はどのように私を楽しませてくれるんです?
「おやおや、彼が殺された時間にアリバイのある私が一体どうやって彼を殺したと言うのですか?」
さぁ、運命を賭けた舌戦の始まりだ。
──お題:スリル──
『おかえり』
─もし、自由に飛べる翼があったとしたらどこに行く?
かつて君が投げかけてきた問いだ。僕は沖縄か、あるいは北海道なんて良いかもね、とありきたりな答えを返した。君はそんな僕の返答を聴いて、旅行が好きな君らしい答えだねとふわりと微笑んだ。
じゃあ君はどこに?と訊けば、私は君のそばに行くよ、と返された。あまりにもまっすぐな答えに、言われたこちらが顔を赤くする羽目になった。
それから数ヶ月、君は僕より先に旅立ってしまった。旅行が好きな僕でも決して追いかけられないところに、たった一人で。
旅立つ前に君は言った。先に一人で行ってくるね、と。そんな君に、僕は笑って行ってらっしゃいが言えただろうか。きっと涙でくしゃくしゃの顔だっただろう。
君が居なくなってから、僕は君の写真を持って北海道に行った。沖縄に行った。でも、どこに行くにも飛行機だった。僕には翼が無い。だから行く先は限られている。
でも、君はきっと綺麗な翼をもった天使になっているだろう。その翼を羽ばたかせれば僕が飛行機に長い時間揺られて向かった北海道だって、沖縄だってひとっ飛びだろう。だから、その翼で、僕のそばに飛んできてくれないか。
いつか、あの時に言った行ってらっしゃいに返す、おかえりを言える日が来ますように。
──お題:飛べない翼──
『枯尾花』
秋も終わり吐いた息が白く染まり始めた寒さの中、僕はある人の墓の前にいた。
彼女、僕が一目惚れして初めて付き合った女性の墓だ。こうして墓を目の前にしても、まだ生きていたあの頃がつい昨日のように思えて仕方がなかった。
お供え物を置くと墓の前で目を閉じて手を合わせる。山に近いからか人工的な音は聞こえず、墓地の周りの枯れかかったススキが冷たい風を受けて鳴らすガサガサという音だけが響く。そんな中で目を閉じていると、脳裏に彼女との想い出が浮かんできた。
彼女は優しい人だった。
デート中に遊園地で出会った迷子の子供を優しくあやして、母親が見つかるまで遊んであげていた。きっと君との子供ができたら親バカになると思うな、だって子供は好きだけど好きな人との子供ならもっと好きになるだろうから、と将来のことを語っては微笑んでいた。
そんな彼女に、僕も子供が好きだから二人揃って親バカで子供に呆れられるかもね、と苦笑しながら返した。今の幸せな生活が続いて、子供ができて、子煩悩になって、そんな将来を二人で思い描いてはくだらない会話を繰り広げていた。そんな毎日が本当に幸せだった。
彼女は残酷な人だった。
死の間際に彼女の手を握って死ぬな、死ぬな、と絞り出すように言うしかできなかった僕に向かって、もっと素敵な女性を見つけて幸せになってね、と言った。彼女が僕を好きな人と言ったように僕の好きな人は彼女しか居ない。
彼女以外の女性を見つけて幸せになるなんてできそうにないのに、それでも彼女の願いだと叶えないといけない気がして。その言葉は僕にとっては呪いの言葉に等しかった。
彼女の死から1年。自分の気持ちはあの時から全く整理できていない。彼女だけを愛したい自分と、愛しているからこそ彼女の願いを叶えたい自分との間で板挟みになって生きる毎日は本当に辛かった。
「僕は君だけを愛しているのに。」
あの時彼女に返せなかった言葉をぽつりと零しながらゆっくりと目を開く。いつの間にか風はやみ、辺りは自然の音も聞こえない静寂に包まれていた。
また、来るね──小さく呟いたその言葉だけが寒空の下に響いていた。
墓参りを終えて帰路に就く。冬に似合わない少し暖かい風が吹いて、まるで別れを告げるかのように参道の脇のススキが穏やかに揺れていた。
ふと吹いた柔らかな風に揺らめいた 尾花に君の面影を見た
──お題:ススキ──