『あの日の温もり』
冬の雪の降る日。
携帯の着信音が鳴った。読書に夢中だった俺は、無視してまた後でかけ直そうと思い画面を確認する。
相手は電話が嫌いだという君だった。
珍しいなと思いつつ、何か嫌な予感がした。
「どうしたの?」
問いかけても君は無言のまま。しばらくして
「なんでもないの、何となくよ」
電話が嫌いなはずのに、そんな浮かんだ疑問は声に出さず頭の中で打ち消す。
「そうか」
彼女の背後で聞き慣れた音がする。
「…海にいるの?」
「…どうしてそう思うの?」
「遠くに波の音がするから」
「あはは、正解」
「君のことだからきっと、あそこだね?」
「さぁ?それはどうかしら」
何となく胸がどきどきする。怖い。
普通の会話のはずなのに、彼女の間のとり方、テンポがどこか恐ろしさを感じさせる。
「会いに行ってもいい?」
「私の居場所が分かるのなら」
「任せてよ」
彼女のいる場所には予想がついてる。
きっとあそこだ。
僕は走って家を出る。電車に揺られて20分。
そこから歩いて15分。
いた、白いワンピースの君。
「あら、見つかっちゃったのね」
君は僕を見て微笑む。
やっぱりここだ。僕らが初めて出会った夜の海。
彼女の元まで走って駆け下りる。そしてその勢いで華奢な肩を抱きしめる。
「わぁ、驚いた。どうしたの?」
君は楽しそうに笑った声で言う。
「どこにも行かないで」
君を見つけてからやっと出た声は掠れて音にならなかった。それでも君には十分に伝わったらしく、僕の背にそっと手をまわす。
「…えぇ、どこにも行かないわよ」
君の体温が僕よりずいぶん低く感じた。
出会った日もこんな風に抱き締めあったことを思い出した。
君の低い体温が、あの日の温もりと重なって酷く懐かしく感じさせた。
2025.02.28
12
『cute!』
春
入学式で見かけた黒髪ロングの君。桜の舞う中スカートを翻して駆ける君の姿に一目惚れ。
なんともcute!
夏
クラスのみんなで行った海でポニーテールの君。水着に照れながらもビーチバレーに全力で挑む姿に二度目の一目惚れ。
とってもcute!
秋
紅葉が色づく頃に30cmほど髪を切った君。文化祭で好きだった人に失恋したと目を潤ませる君に3度目の一目惚れ。
べりべりcute!
冬
行事のスキー合宿で髪に天然の雪飾りをつける君。転んでも楽しそうな満面の笑顔に4度目の一目惚れ。
死ぬほどcute!
そして今日
髪を下ろして静かに眠る君。真っ白な百合の花と君の好きだった向日葵に囲まれた君に5度目の一目惚れ。
どうしようもなくcute!
この一年間、死にたいくせに隠して明るく振る舞う君が好きだった。
どんな君でも愛してる。たとえ死体になったとしても愛してる。
可愛い可愛い僕の君。
この先も永遠に愛してる。
死んでる君もスペシャルcute!
2025.02.27
11
『記録』
貴女の笑顔
貴女の好きなもの
貴女の踊る姿
貴女の歌う声
貴女からのラブメッセージ
貴女の生き様
全てを記録しましょう。
愛する貴女の全てを。
貴女の泣き顔
貴女の嫌いなもの
貴女の眠る姿
貴女の悲鳴
貴女からのダイイングメッセージ
貴女の死に様
全てを記録させてください。
愛する貴女の全てを。
知りたいのです。あなたの全てを。
身も心もその内側も全てが知りたいのです。
2025.02.26
10
『さぁ冒険だ』
またバイトをクビになった。これでついに10回目。
社会不適合者にも程がある。
俺には幼なじみのかわいい女の子がいた。
社不な俺とは大違いで真面目で優秀で、一生懸命頑張ることができる子だった。
高校卒業と共に彼女は難関国立大学、俺はFラン大学へと進路が分かれてからなかなか会うことも無くなった。
バイト先からの電話が切れ、公園でぼーっと空を仰いでいると、誰かが隣に座る気配がした。
見慣れた横顔がそこにあった。
あの頃よりも髪の伸びた彼女は久しぶりと微笑む。
その様子がどこか疲れてそうだった。
しばらくの沈黙の後、彼女は
「私ね、人を殺したの」
と突然言った。
「そうか」
俺はそれ以外の言葉が出てこなかった。
人を、殺した。
こういう時どう反応すれば良いのだろうか。俺が社不じゃなければ何かいい言葉が思いついたのだろうか。
「殺したのはね、兄を殺した犯人の1人。あともう1人いるんだけど見つけられなかった」
五年前の冬、彼女の兄は何者かによって殺された。
そうか、彼女はずっと犯人を追っていたのか。
「探すの?」
「うん、探す。絶対に見つけてこの手で復讐するの」
「そうか、分かった。それなら俺も手伝う」
「え?」
「俺も君の兄には恩があるんだ。だから一緒に犯人を探しに行くよ」
自分でもどうしてこんな発言をしたのか分からない。
それでも彼女を1人にする訳にはいかなかった。
「ありがとう」
今日初めて見る彼女の本当の笑顔だった。惚れた方の負けとはこのことである。
でもこれで覚悟は決まった。
さぁ、冒険だ。
世界から見捨てられた2人の冒険だ。
2025.02.25
9
『一輪の花』
ちょっとした事だった。
進路のことで親と喧嘩して苛立ってて、
返却された模試の結果が良くなくて、
顔色の悪い僕に大丈夫?って顔を覗き込む君をなんでもないって押し退けた。
情けない自分を君に知られたくなかった。
その時の、傷ついたような表情を隠すように笑う君の顔が頭から離れない。
21時、家の固定電話が鳴る。お母さんが対応するがどこか様子が変だ。
青ざめた顔で僕に電話を代わる。
「あのね、………」
冷や汗が止まらない。電話もきらずに教えてもらった場所に走り出す。
20分走り続けて着いたのは大学病院だった。
看護師さんの制止を振り切って彼女の苗字を探す。
ドアの前には彼女の母がいた。僕にドアを開けてはいるように促してくれる。
看護師さんの声はもう聞こえない。
真っ白なベッドに横たわるのは、死んだように肌の白い彼女だった。そう、死んだように。
血の気のない頬を撫でる。
「眠っているみたいでしょう?」
いつの間にか彼女の母が隣にいた。
「信号無視の車に轢かれたの。小さな子供を庇って」
返事ができなかった。このまま目が覚めないなんて信じられないくらい、彼女は綺麗な顔をしていた。
ふと、隣の机に置いてある花瓶に目が止まる。
「この花は?」
「花?あぁ、これね。あの子がずっと握ってたの。車に轢かれても絶対に離さなかったのよ。」
青い小さな花弁の華奢な花。
僕の好きな花。
昔、君に似合うって送った花。
僕らの大切な思い出の花。
あぁ、そうか。今日は僕の誕生日だった。
君の笑顔を思い出す。
キュッと細まる目に、両頬にできる小さなえくぼ。
眉を下げてふわりと花のように笑う君。
もう一度だけ、もう一度だけでいいから君の笑顔が見たかった。
一輪の花が風にふわりと揺れる。
2025.02.24
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