中学校最後の年、君とは別のクラスになってしまった。
隣のクラス。
黒板の向こうに君がいるかと思うと、黒板を破壊したい衝動に駆られた。
(そして、中三なのに中二病かよと友達に笑われた)
君と毎日毎時間会えるわけではない。
二クラス合同で行う体育だけが、君の活躍を思う存分味わえるチャンスだった。
(そして、真面目に授業を受けろと友達にツッコミを入れられた)
もっと気軽に君に会いたい。
クラスメイトでなくても、君に会いに行ける口実が欲しかった。
どうすれば叶うだろうか。
(そして、告白すればいいじゃんと友達に冷静に諭された)
お題『君に会いたくて』
本棚に革張りの日記帳が五冊収められている。
背表紙はすっかり色褪せて、端はぽろぽろ欠け落ち、箔押しで刻まれた西暦はもう文字の跡だけで近づかないと判読は困難だ。
本棚から取り出そうものなら、その形を保てず壊れてしまいそうで、わが家では誰も手をつけようとしない。
閉ざされたまま、もう何十年もそのままだ。
戦前生まれの曽祖父の日記である。
曽祖父のことは仏間に飾られた遺影でしか知らない。
家族は誰も曽祖父のことを話してはくれない。
話したがらない、が肌感覚に近い。
気難しい人だったのだろうか。
今となっては、遺品整理の際に見逃されたあの五冊の日記帳だけが、曽祖父のことを知る最後の手がかりになってしまっていた。
ただあの日記帳を見ることは、きっとないだろう。
取り出すと壊れそうというのは前述通り。
ただそれ以上に、日記帳を見るということは個人の心の内を覗き込むような背徳感がある。
その背徳感に抗ってまで曽祖父のことを知りたいとは思えないのだ。
あの遺影の鋭い視線に抗う勇気は今なお湧きそうにない。
お題『閉ざされた日記』
地元では珍しい台風のような強い風が吹いている。
無論北風なので外出が億劫になるほど冷たい。
何だったら雪が混じりそうな雲の色もしていたので、今日はおとなしく引きこもることにした。
「まさに木枯らしって風だね」
炬燵にいた彼女がうんざりした表情でそう言ったが、馴染みのない単語に思わず思考が停止した。
「何その顔」
「え、木枯らしって実在するのか?」
「何言ってるの?」
彼女が困惑しているが、困惑しているのはこちらだ。
全国ニュースで聞くには聞くが、地元ではその単語を聞いたためしがない。
後から知ったが、ニュースに出てくる「木枯らし一号」は、関東地方と近畿地方でしか発表されないらしい。
こちらでは木枯らしが吹こうがニュースにならないのだ。
精々強い北風が吹きましたと言われるのみ。
馴染みがないのも致し方ない。
まさか風のことで彼女との生活圏の違いを思い知らされるとは。
予想外の出来事だった。
お題『木枯らし』
「frigidarium」と銘打たれた絵の前で動けなくなった。
タイトルの意味を知った(というか調べた)のは随分後になってから。
古代ローマの公衆浴場にあった水風呂のことらしい。
ただその絵の主役は水風呂ではなかった。
ローマの遺跡を思わせる石造りの建物の中庭を覆い尽くす様々な草花。
匂い立つと表現すればいいだろうか、見事に咲き誇ったその草花こそが主役だった。
草花の奥に水風呂はあり綺麗な水が張られてはいたが、人の気配は全くない。
草花の生い茂るこの場所にもう利用する人のいないことを暗示しているよう。
つまりもうこの場所は草花のものなのだ。
人によって造られた場所なのに、人ではないものが主役の絵画。
この絵の世界観があまりにも美しくて、どうしても離れがたく思ってしまった。
お題『美しい』
この世界は「バランスを取る」という概念を持っていないらしい。
不幸なことがあれば同じだけ幸せなことも起きるのだとか、頑張れば成果は必ずついてくるだとか、泣いた分ひとにやさしくなれるのだとか。
正直もう聞き飽きたし、今更信じもしない。
不幸なことがあれば、更に不幸なことが起きる。
頑張ったところで報われない。
泣いたからって、何かが変わる訳でもない。
何だったら、泣くなうるせえと殴られる。
一方で「選ばれた人」もいる訳で。
生まれながらに金持ちで、努力せずとも何でもできて、世界が思い通りに回る人が確かにいるのだ。
この世界には。
人によって、この世界はころころ変わる。
選ばれた人にはどこまでも甘く、そうでない人にはとことんシビアだ。
そんな世界のことをどう好きになれというのか。
無理に決まっている。
だって、世界の方がこちらを嫌っているのだから。
「公平」って概念も、この世界は持ってはいない。
お題『この世界は』