「どうして」
母が呆然としながら窓の外を眺めている。
一月にあるまじき暖かな陽光が、母とリビングを照らしている。
暖房に頼らずとも、心地よい室温だ。
「どうして」
母は手にしていた豚バラ肉のパックを抱えつつ叫んだ。
「豚汁にしようと思っていたのに、何で今日はこんなに暖かいの!」
寒い日だからおいしいのに!
恨めしそうに空を睨む母を横目に、わたしはのんびりと緑茶を啜った。
「いつ食べてもうまいよ、母さんの豚汁」
お題『どうして』
気付かなければ、自覚しなければ、それはきっとずっと夢のまま。
進展はしない。
ただ後退もしない。
彼が気付くまでは。彼が自覚するまでは。
彼が彼女を見るときの視線の熱さ。
彼が彼女を語るときの声の甘さ。
少女漫画を読むことのない彼は、自分の変化に気付かない。
類友ばかりに囲まれている彼は、自覚する機会に恵まれない。
だから、わたしはまだ夢を見ていられる。
失恋という現実から逃げていられる。
彼がまだ夢の世界にいる間、わたしもまた夢を見ていられる。
お題『夢を見てたい』
ずっとこのままだろうと諦めている。
ずっとこのままだろうと覚悟している。
この先も一人きりのベッドで眠り、「おはよう」を言う相手のいないまま起きる。
与えられた仕事を粛々とこなして、「おかえり」の返事のない家に「ただいま」と呟いて帰る。
毎日それの繰り返し。
そして休みの日はただ泥のように眠るだけ。
それでいいのだろうと諦めている。
それしか望めないと覚悟している。
明日にも隕石がこの世界を滅ぼす、なんてことでもない限り、ずっとここままに違いない。
自分のことなのだ。
そのことだけは、分かっている。
お題『ずっとこのまま』
久し振りに美術鑑賞と洒落込んだ帰り道、にわか雨ならぬにわか雪に見舞われた。
粉雪がひらひらと天から降るなら風情もあろうが、爆弾低気圧に伴う横殴りの風が全てを台無しにした。
美術鑑賞後の気持ちのよい余韻を風雪が吹き飛ばしていく。
温まっていた胸の内まで冷やすように雪が全身を襲う。
勘弁してくれ。
雪に慣れていない民には、にわか雪すら辛すぎる。
せめて、これだけは。
胸元に忍ばせたお気に入りの絵画のポストカードを死守しつつ、駅への道を急いだ。
お題『寒さが身に染みて』
「成人式にはコンタクトで来ること。じゃないと絶交だから!」
小学生の頃からの親友にそう言われて、着物レンタル代にコンタクトレンズ代も上乗せする羽目になった。
しかもコンタクトレンズを装着するには、ある程度の慣らし期間も必要だったため、正直着物を選ぶ時より余程面倒だった。
未だ慣れないコンタクトレンズを四苦八苦しながら目に入れて、朝早くから振袖を着付けてもらう。
それだけで疲労困憊、よろよろしながら会場に向かうと、予想外の出来事に遭遇した。
何故かやたらと声をかけられた。しかも男性に。
中には中学校、高校の同級生もいた。
ただみんな揃って、わたしを「わたし」として認識していないみたいだった。
正体を明かせば、これまたみんな揃って同じ表情をした。
目を丸くして「嘘だろ」なんて言うのだ。
どういうことなの。
完全に混乱状態のわたしをようやく見つけてくれた親友は、それはもう晴れやかな笑顔でこう宣った。
「野暮ったいメガネ外せば美人だって、わたしはとっくの昔から知ってたんだからね!」
お題『20歳』