『幸せに』
僕がいなくなっても、どうかきみの人生が幸せでありますように。
自分の死を悟った瞬間、思い浮かんだ願いは、ただそれだけだった。
『なにげないふり』
※BL ※名前は出してないですが二次創作の現パロ
日曜の十時。
朝と呼ぶにはもう遅く、昼と言うにはまだ少し早いこの時間、近所の喫茶店でモーニングタイムぎりぎりのモーニングを注文するのが、僕の毎週のルーティーンになりつつある。
特別コーヒーや食事が美味しいわけでもないが、コーヒーの料金だけで、ジャムの乗ったトースト一枚と茹で卵がつくから、まぁ悪くはない。
運ばれてきたコーヒーを一口飲む。
家でインスタンスコーヒーを淹れるよりは美味しい気がする。
いや、本当のことを言うと、僕はブラックコーヒーの味の良し悪しが分からない。正直に言うと好きじゃない。牛乳をたくさん入れて、砂糖もできたら入れたい。なんなら砂糖を多めに入れた方が美味しいとも思っている。
でも、ここではブラックコーヒーを飲む。
舌に残る苦味をジャムの甘さで緩和させていると、カランカランと来店を告げる古風なベルが鳴った。
僕の心臓が少し早まる。
「また来てるのか」
「そういう君こそ。おはよう」
あくびをしながら、入店してきた青年が僕の向かいに座る。会社の後輩だ。いつものスーツ姿と違って、ラフなカットソーにジーンズなのに、童顔がコンプレックスの僕より大人っぽく見える。彼が僕にはタメ口なせいもあって、二人でいると、良くて同い年、ひどいと僕の方が年下に見られてしまい、それだけはどうにかならないかなと密かに思っている。
「早く注文しないとモーニングの時間終わっちゃうよ」
「わーってる」
そうは言ったが、ほとんど常連になりつつあるので、ホールを切り盛りしている店主の奥さんは、いつものでいいですか? と一応聞きながらもすでに伝票にはオーダーを記入し始めていた。
「ああ」
「少しお待ちくださいね」
切り離した伝票をテーブルに置いて、奥さんはカウンターに向かった。
そこまで年のご夫婦でもなさそうだったが、この店は注文に使うタブレットやスマホなんてものはないし、店員さんを呼ぶ時も直接声をかけるしかない。支払いだって現金のみだ。
それが少し不便に思えるけど、でもなんとなく懐かしくて心地よさもある。
「お前も毎週毎週飽きないよな」
「毎週ここで僕に会う君だって、人のこと言えないだろう」
「日曜くらい朝メシ作りから解放されたいだけだ」
「僕も同じだよ」
そうしていると、すぐにコーヒーと食事が運ばれてくる。
湯気をたてるコーヒーを飲む君を見て、僕も一口コーヒーを飲んだ。やっぱり苦い。
なんで君はこんな苦いものが好きなんだろう。
君の好きなものを知りたくて頑張って飲んでいるけど、相変わらずその美味しさは分からない。
でも、君の好きなものをもっと知りたい。ただそれだけでここでは君と同じブラックコーヒーを飲み続ける。
何気ないふりをして、偶然を装って毎週ここに来てるけど、本当は君に会いにきているんだ。
『愛-恋=?』
※BLセリフのみ
「これ、解ける?」
「『愛-恋=?』はぁ?なんだこりゃ。雑誌の記事かよ、くだらねえ」
「まぁまぁそう言わずにつきあってよ。うーん、でも愛から恋を引くと何になるか、なんだろ。そもそも愛と恋の違いかー」
「性欲のあるなしじゃねえか」
「それってつまり、君は僕に恋してるってわけか」
「……お前もそうだろ」
「もちろん!でも、だからと言って愛がないってわけでもない気がするし」
「で、答えはなんて書いてあんだ」
「全然考える気ないな、君は。まったく……ええっと、大切な人のことを思い浮かべながら愛と恋について真剣に考えて出したあなたの答えが正解です、だって」
「ほら、くだらねえじゃねえか」
「うーん、もうちょっと明確な答えを書いててほしかった。でも僕は君に恋してるし、愛してる」
「そいつはどーも」
「そこは感激して僕にキスくらいしてくれてもいいと思うんだけど」
「キスしてほしいなら、素直にそう言えよ」
『秋恋』
※BL
いつまで続くのかとうんざりしていた夏が、気がつけば終わっていた。
木々の葉は鮮やかな赤や黄色に染まり、肌を撫でる風が冷気をはらみ始めた。
「そろそろいいかな」
隣を歩くお前が突然立ち止まって言った。
またおかしなことを思いついたのかと呆れて振り返ると、予想外に真剣な眼差しがオレを待っていた。
「どうしたんだ?」
「夏が終わって、もう秋になっただろう?」
「ああ」
「だから、そろそろいいかなって思って」
「何の話だ?」
「もちろん、君と恋を始めることだよ」
「はあ?」
「知ってると思うけど、僕は君が好きだ。君も、僕のこと好きだろ?だから、付き合おう」
夏に出会ったオレたちは、出会ったその日にベッドインした。酒の勢いというヤツだ。
ただ、体の相性が抜群に良かったこともあり、その後も何度も寝ている。
付き合おうと明確に口にはしていないが、口に出さずとも、互いに惹かれあっていたのは分かっていたし、男同士でいちいち告白など不要だとも思っていた。
と言うか、オレはもうこいつと付き合っている気でいた。
だからむしろ、今までこいつは付き合ってもいない相手と、散々あんなエロいことをしてきたのかと、怒りが湧いてきた。
「へえ、それじゃあお前は今までオレのことセフレとでも思ってたのかよ」
「うーん、そうじゃないけど……でも、付き合ってないからそうなるのかなぁ」
「お前……」
オレの本気の怒りを察して、オレの『セフレ』が慌てて首を横に振った。
「君のことは好きだし、実質付き合ってるようなものだったとも思ってるよ!ただ、正式期付き合うのは今日からってことにしたいんだ」
「なんでそんな今日にこだわるんだ」
「秋だから」
意味のわからない答えを言う目の前の男は恐ろしいほどに真剣だった。
仕方がないから黙って話の続きを聞いてやる。
「一夏の恋とか言うじゃないか。君とはその、始まりも始まりだったし、夏に付き合い始めて一夏の恋で終わる、なんてしたくなかったんだ。一生君と一緒にいたいから」
予想を大きく外れたくだらない理由だった。
けれど、黒い瞳はどこまでも切実で、オレと一生を過ごしたい気持ちが本気なのだと、いやでも伝わってきてしまう。
「……わーったよ。お前のプロポーズ受けてやる」
「へ……?プ、プロボーズ!?」
「一生一緒にいたい、ってのはそういうことだろ」
「それは、そうだけど、でも、そこまで考えてたわけじゃ……」
「へえ、結婚までは考えない程度の軽い真剣さってわけか」
「軽いわけないだろ!そこまで言うなら、君こそ僕と結婚する覚悟はあるんだろうな?」
「ああ」
「……え、本当にいいのか……?僕は嬉しいけど」
「嬉しいならいいじゃねえか」
「い、いいのかな、こんな勢いで」
「オレたちらしくていいんじゃねえか?」
いまだ戸惑いを隠せない男の左手を恭しくとって、指輪の代わりに薬指の付け根にキスを落とす。
それだけで、男の顔は色付いた木々に負けないくらい真っ赤に染まった。
『永遠なんて、ないけれど』
※BL
ずっと君と一緒にいたい
そんなあやふやなあいつの告白で、オレたちの関係は始まった。
ずっとなんてもんはこの世に存在しないのはわかっている。
生きている間だって、別れる可能性は当然あれば、どちかが死ねばそれで永遠にさよならだ。
だから、誰にも執着せずに生きてきたのに、永遠を望む相手と出会ってしまったのだから始末が悪い。
この恋の行く末はいつかは悲恋で終わる。
例え何十年一緒に暮らせたとしたって、いつかはオレかあいつか、どちらかが先に死んで永遠に離れることになってしまう。
あいつに出会うまでは、死も終わりも怖くなどなかった。このつまらない人生が終わるなら、早い方がいいとすら思っていた。
今では、夜が来る度にあと何度こうしてこいつと過ごせるのか、いつかこいつに触れることが叶わぬ日がくることに怯えて、もしオレが先に死ねば残ったあいつを一人にしてしまうことに耐え難い苦痛を覚えてしまった。
あいつと過ごす時間は暖かく優しく甘く幸せであればあるだけ、それを失う未来がゆるやかに、だが確実に刻一刻と近づいてくる恐怖に毎日苛まれる。
永遠などない。
分かっているが、オレは永遠を望むようになってしまった。