【お題:巡り会えたら 20241003】
互いを、嫌いになったわけじゃなくて
他に、愛する人ができたわけでもなくて
でも、僕たちはすれ違った
もしかしたら、近くにい過ぎたのかもしれない
そばに居るのが、当たり前になってしまったから
刺激のない毎日は、穏やかで、平和だけれど
慣れてしまうと、つまらなくて
君は君で、夢中になれるものを見つけて
僕は僕で、君がいないことが平気になった
君と僕と
出会って8年
付き合って6年
一緒に暮らして5年
その間、一度も結婚の話はしなかった
たぶん、君も僕も
いつか時期が来れば結婚するんだろうな
くらいにしか、考えていなかった
そして、その"いつか"が永遠に来ないなんて
思ってもいなかった
君といると、僕はすごく楽だった
緊張することもなく
見栄を張る必要もなく
何の仮面も被らずに、素の自分でいられた
君も同じだったね
僕と君は、あまりにも似た者同士だったから
あまりにも同じ過ぎて、ダメだった
僕は、この地を離れて
もっと広い世界を
見てみたいと思ってしまった
君は、趣味で始めたものを
仕事にしたいと思ってしまった
この先、君と僕の進む道は
同じ地図上には存在しないから
僕と君はこの辺りで、別れるのが良さそうだ
さぁ、お互いに最後かもしれない握手をして
それぞれが進むべき方向へ歩きだそう
そして、いつかまた、どこかで巡り会えたら
僕たちは笑って今日までのことを話そう
いつかまた、どこかで巡り会えたら
お互いの人生が、最良のものになったと
美味しい料理を食べながら
自慢気に報告し合おう
それじゃぁ、また、どこかで。
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(´-ι_-`) 良い別れってナカナカ無いものデス⋯⋯。
【お題:奇跡をもう一度 20241002】
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(´-ι_-`) 溜まりすぎだなぁ。(。-`ω´-)ンー
【お題:たそがれ 20241001】【20241003up】
「こんな所で何してるの?」
背後からかけられた声に柏崎隆太はびくりと肩を震わせた。
街で一番高い場所にある公園。
春になると桜の花が見事に咲き乱れ、市の桜まつりが開かれる場所。
その頃は皆、夏の大会のことで頭がいっぱいだった。
6月に行われる総体の地区予選。
そこで勝ち進めば県大会、全国大会と駒を進めるが、大抵は地区予選で終了、良くて県大会までで全国大会へ行った話など聞いたことがなく、大抵の3年生は夏休み前には部活を引退する。
残るのは一部の運動部と文化部だけだ。
隆太も大抵の3年生のうちの一人だ。
小学4年から始めたミニバスケットボール、そしてそのまま中学でもバスケ部に入った。
去年の6月には先輩から部長を引き継ぎ、忙しい一年を過ごし今年の6月に後輩へ部長を譲り、引退した。
それからは、受験に備えて勉強に専念⋯⋯できるはずもなく、時々部活に顔を出しては、ボールを触り適度に体を動かしてストレス解消していた。
だがそれも夏休み前までの話で、夏休みに入ると同時に親から勉強に専念するよう釘を刺された。
ただ、隆太としては、それほど頑張って勉強しなくても志望校に受かるだけの学力は維持しているつもりだ。
だって、そうでなければ竹内朱莉と同じ高校には通えない。
学年で五本の指に入るほどの成績の彼女と一緒にいたいと思うから、1年の頃からずっと勉強も部活も頑張ってきたのだ。
「久住こそ、何で居るんだよ」
「さぁ、何となく?」
この、とぼけた答えを返してくるのは、竹内朱莉の親友の久住京香。
元バスケ部女子の部長で、隆太がここに居る理由の一つを担う人物だ。
何だかんだで3年間同じクラスで席も近く、腐れ縁と言うやつだ。
「⋯⋯久住は、高校、どこにするんだ?」
地方の田舎だ、市内にある高校は3校、近隣の市を入れても9校しかない。
私立や市立の高校は通える距離にはなく、下宿か寮に入る他ない。
選択肢はあるようで無いのが現実で、成績が良くても家庭の懐事情で市外の学校に通える者は少ない。
それこそ部活などで優秀な成績を修めたのなら話は別かもしれないが、そうそうない話だ。
「聞いてどうするの?」
「⋯⋯別に、どうもしないけど」
「ふーん。柏崎は北高でしょ?」
「ん?まぁ、な」
「朱莉は商業って言ってたけどなぁ」
「えっ!?」
ちょっと待て欲しい、そんな話は聞いていないし、想定していない。
今から進路変更をして⋯⋯、いやダメだ、両親が絶対許してくれないだろう。
想定外のことに、隆太の頭の中はパニック状態だ。
青い顔をしてブツブツと呟く隆太を横目に京香は視線を街へと向ける。
この街の太陽は海から昇り、山へと沈んでいく。
だから、黄昏時が少し早く訪れる。
その時間の街を、この場所で見るのが京香は好きだ。
部活があった頃は中々見れず、天気の良い休みの日にランニングをしながら通った。
部活を引退してからはほぼ毎日通っている。
家が近いのもあるが、物事を整理するのにこの場所は最適だからだ。
ほとんど人がこなくて、街を眺めることができる場所。
「ふふっ、嘘だよ」
「⋯⋯はぁ?久住お前、性格悪いぞ」
「何とでも。でも、朱莉がどこを受けるのか私、知らないよ。これは本当」
「そう、なのか?」
無言で頷いた京香は街の様子に目を細める。
もうすぐ太陽が山に隠れ、街は夜に包まれる。
「直接聞けば良いんじゃない?ついでに告白しちゃえば?」
『どうせ両思いなんだから』
京香はその言葉は飲み込んだ。
親友とその親友を一途に想う男の焦れったい恋愛。
それを京香は2年近くも目の前で見せつけられてきたのだ。
そりゃあ言いたくもなる。
「お前な、簡単に言うなよ」
そう、簡単に言わないで欲しい。
自分が酷く情けなくなるから。
「そう?簡単じゃない、『好きです、付き合ってください』って言えばいいんだよ。あ、いや、これだと固いし面白くないか。じゃぁ『愛してる、俺の女になってくれ』とかどう?」
「どう?じゃねぇよ⋯⋯、ったく」
「⋯⋯私たち受験生だけどさ、自分の気持ち伝えるくらいは許されるんじゃない?」
「そういう問題じゃない。それに⋯」
『お前だって人の事言えないだろう』
そう、言いそうになって隆太は口を噤んだ。
「それに?」
「⋯⋯ナンデモナイ」
隆太はつい2時間ほど前の親友、各務との会話を思い出す。
『えっ、久住は北高じゃないのか?』
『市外だって』
『えっ、どこ?』
『それは、俺の口からは言えない。なぁ、隆太。お前何で竹内に告白しないんだ?』
『はっ?なっ、何っ、俺っ、違っ』
『隠しても無駄だ。って言うか、隠せてないから、全然。わかりやす過ぎ』
『う、うるさい。あ、もしかして竹内にもバレてるのか?』
『いや、そこは大丈夫だろ。竹内も鈍いみたいだし。でも、久住にはバレてるだろ?』
『あー、うん。速攻でバレた』
『久住が気にしてたんだよ。竹内が高校に行っても大丈夫かって。自分は一緒に行けないから虐められないか、とかさ』
『それと、俺が竹内のこと⋯⋯す、好き、なのと何の関係があるんだよ』
『⋯⋯安心できるだろ。知ってるやつがすぐそばにいれば。少なくとも竹内はひとりじゃないからな』
『そんなの、久住の他にも竹内には友達がいるじゃないか』
『お前、それ本気で言ってるのか?』
『⋯?、当たり前だろ。嘘言ってどうなるんだよ』
『はぁぁ、マジかよ。鈍い鈍いとは思ってたけど、ここまで鈍いとはな』
『なっ、喧嘩売ってるのか?』
『竹内の周りにいるのは、久住の友達であって竹内の友達じゃない。寧ろ竹内を虐めようとしていた連中だよ。まぁ、今はそんな気は無いだろうけどさ。それにあいつらは竹内と同じ高校に行けるような成績じゃないだろ。竹内の見た目や性格は、女子には嫌われやすい。なまじ男子にはモテるから余計イジメの対象になりやすい』
『⋯⋯⋯⋯でも、イジメられてるなんて聞いたこと無かったぞ』
『そうだろうな。久住がいたからな。ずっと久住が竹内のことを守っていたからな。でも、その久住が居なくなるんだ。どういう事かわかるだろ?』
『⋯⋯だからって別に告白しなくても』
『はぁ、久住も何でこんなヘタレを好きなんだか。俺にしとけっての』
『⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ?』
『いい加減、腹決めろ。それで俺みたいに振られてしまえ!』
『はぁ?お、ちょい、待てよ!各務!』
自分が朱莉を好きなことが多方面にバレているらしいことよりも、最後の最後に投下された爆弾の方が隆太には重かった。
それで、パニックになっている頭を整理するためにここに来たのだが、爆弾そのものに出会うなんて思ってもみなかった。
「私の親、去年離婚したの」
「へっ?」
いきなりの話の切り出しに隆太は戸惑ったが、横にいる京香はいつもと変わらぬ顔で、夕暮れの街を見ている。
大通りの車の数が増えたのは、働いている大人達の帰宅時間になったからなのだろう。
隆太もそろそろ帰らなければ、母親に文句を言われてしまう。
「前から喧嘩ばかりだったし、当たり前って言えば当たり前なんだけどね。5年生の秋にここに引っ越してきたのもそれが原因で、叔母さんのところでお世話になってるの」
「そう、だったんだ」
知らなかった。
というか、知ろうともしなかった、の方が正解だろうか。
家庭環境がどうであれ、久住が久住であることに変わりはない。
「うん、で、私は父親に引き取られることになったんだけど、朱莉も居るし、学校も部活も楽しくて、ここを離れたくなかった」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから、父にお願いをしたの。卒業までは、ここにいさせて欲しいって。その代わり高校からは父と一緒に暮らすからって」
「一緒にって⋯⋯」
京香はスっと海を指さし、淡々と告げる。
「海の向こう、アメリカに行くの、私」
「えっ?」
「父が向こうに居るから。高校もあっちの学校になるし、そのまま大学にも進むと思う。たぶん、日本にはもう帰ってこないかもしれない」
「それ、竹内は知ってるのか?」
京香は首を左右に振り俯く。
通りにはヘッドライトを点けた車が列をなしている。
皆が帰るその先には、暖かい家族が待っているのだろうか。
「朱莉は知らない。言ってないから。知ってるのは先生達と、各務くんと柏崎だけ」
「何で言わないんだ?竹内は親友だろ?」
「だって朱莉、絶対泣くでしょう?私、朱莉のこと泣かせたくないもの。だから⋯⋯、柏崎は早く朱莉に告白してよ。柏崎が朱莉の彼氏になったら、朱莉に教えていいから」
「お前、何言って⋯⋯」
自分を見る、京香の真っ直ぐな視線に耐えられなくて隆太は視線を外した。
「あ、『俺、竹内と一緒に北高に行きたい』とか、良くない?好きとか愛してるとか入ってないから、ヘタレな柏崎でも言えるでしょ」
「ヘタレって⋯⋯」
「ヘタレだよ。ねぇ、いつまで片思いで満足してるの?」
一日で2人からヘタレと言われると、何だか一気に悲しくなってくる。
自分はそんなにヘタレだろうか?そんなことは無いと思っているのだが。
それに。
「お前は⋯⋯久住は、本当にそれでいいのか?」
隆太の言いたいことを正確に把握して、京香はこれ以上はない笑顔で笑ってみせた。
隆太と朱莉が付き合うということは、京香は振られるということ。
けれどもそんなことは初めからわかっている。
わかっていても、好きになることを、好きでいることを止められなかった。
朱莉を想っている隆太だから好きなのであって、朱莉以外を好きな隆太はいらない。
「私は良いの。初めからわかってて、こうなってるんだから。柏崎は気にする必要はないよ」
「でもさ」
「私は、残す方、なんだよね」
「うん?」
「卒業式を終えたら、そのままここから居なくなる。友達も思い出も全部ここに残して居なくなる。そして朱莉や柏崎、各務くんは残される方になる。こういう時って、残す方より残される方が辛いと私は思う。仲が良ければ良いだけ、関係が深ければ深いだけ辛くなる。だから朱莉には、支えになってくれる人が近くにいて欲しい。それも自分が信用している人がいい。そう、思うの」
自分は新しい土地、新しい環境で一から人間関係を築いて行く。
そこに今までの思い出はあっても、自分を縛るものは何もない。
それはここに越してきた時よりも身軽で行けると言うこと。
切り離して置いていくことが辛いのは一時だけ、新しい環境に慣れるのに一生懸命でその辛さはすぐに忘れてしまえる。
けれど残される方は違う。
今までと変わらない環境でそこだけが欠けている。
だからこそ余計に『いないこと』を突きつけられ現実が辛くなる。
時間が経てばその状況にも慣れるけれど、必要な時間は関係の深さに比例する。
「これは私の我儘で、それに柏崎を巻き込んでしまうけど⋯⋯考えてみて欲しい。私は泣いている朱莉を見たくない。朱莉には笑っていて欲しい。だから、お願い。朱莉の支えになって欲しい。他の誰でもなく、私は柏崎になって欲しい」
「これが久住なのか?」
「うん、京香ちゃんだよ。ほら、ここ。ね?京香ちゃんでしょ?」
大学のカフェテリアで朱莉が隆太に見せているのは、全てが英語で書かれた雑誌。
その中に掲載されている論文と共に印刷されているのは、一人の女性。
中3の秋頃、隆太に対し、早く朱莉に告白しろと脅してきた朱莉の親友で、隆太にとっても頭の上がらない人物だ。
結局あの公園での『京香からの脅し』の後、たっぷり1ヶ月間悩みに悩んだ隆太は、朱莉の15歳の誕生日に告白した。
朱莉からOKの返事を貰った直後に、隆太は京香の事を朱莉に伝えた。
朱莉はだいぶショックを受けた様子だったが、一言『京香ちゃんらしいなぁ』とだけ呟いた。
それから受験一色の冬が過ぎ、受験を終え迎えた卒業式当日、久住京香は学校に現れなかった。
担任に確認したところ、本人と家族から事前に式へは不参加である旨が伝えられていたと言う。
『昨日、挨拶に来られてね。父親の仕事の関係で、どうしても今日の昼の便でアメリカに行かなければならなくなったと。皆に挨拶くらいはって言ったんだが、時間的に難しいと言われてね』
勿論、電話やSNSで繋がってはいるが、やっぱり面と向かって別れが言いたかったという思いはあった。
まぁ、その後も何かと連絡は取っているし、朱莉と喧嘩した時は相談にものってもらっている。
ただ、隆太と京香は顔を見て話す事も、互いの画像を送り合うことも一切していない。
何か理由がある訳ではなく、ただ何となくだ。
「うーん」
朱莉が指さしたのは、黒髪に少し茶色の目をしたロングヘアの女性。
目元はきりりとしていて、可愛いではなく美人と呼ばれる類の顔立ちだ。
隆太の記憶にある京香はショートで日に焼けた健康的な肌色をした、ボーイッシュな感じなので、どうにも写真の女性と同一人物だとは思えなかった。
「それにしてもすごいよね京香ちゃん。飛び級で博士号まで取っちゃって、論文が専門誌に載るとか」
「あぁ、そうだな」
そんな人物に好かれていたのかと思うと、少し照れくさい気分になる。
いや、勿論、隆太は朱莉一筋で、互いの親に挨拶も済ませて親公認で付き合っているし、既に婚約して同棲している。
「はぁ、会いたいな」
「そうだな」
「⋯⋯⋯⋯会いに行ったら迷惑かな?」
「いや、喜ぶんじゃないか?」
「そうかな?」
「あぁ、絶対大丈夫だ。そうだな⋯⋯、各務にも会いたいし、貯金して2人に会いに行くか」
「うん!」
隆太の親友は、高校卒業後アメリカの大学に進学した。
元から頭のいいやつではあったが、高校時代の各務の勉強量は半端ではなかった。
どうしたのかと聞いたら、各務は少しの間を開けて、こう答えた。
『1回振られたくらいで諦める必要はないよな』
それは多分、柏崎に対してのことで、幼い時から一緒に育ってきた隆太は各務のひとつの物に執着する性格をよく知っていた。
隆太は心の中で京香に対して静かに手を合わせた。
救ってやることの出来ない自分を許して欲しいと⋯⋯。
半年後、彼らはアメリカで再会する。
黄昏に染まる街を背景に、離れていた時間などなかったかのように。
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(´-ι_-`) 最後がなんだかな⋯。各務と京香の話も楽しそうだな。
【お題:きっと明日も 20240929】
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(´-ι_-`) 甘酸っぱいの書きたい気分
【お題:静寂に包まれた部屋 20240929】
深い眠りから覚醒し、辺りを見回す。
窓から見える見慣れた風景に、見慣れた部屋。
ただし、見慣れてはいるがここは達也の部屋ではない。
隣で眠る"誰か"を起こさないよう、そっとベッドから降り、ひとつため息をつく。
"誰か"に気を使う必要がないことは、達也はよく知っている。
だが、身体にとっては"誰か"を気遣う事はごく自然なことで、そうすべきである、と無意識下に刷り込まれているようだった。
達也はまず初めに服を探す。
一糸纏わぬ姿でいるのは"誰か"との関係が深い仲である事を指し示している。
そして、つい先程まで、そういう行為に至っていたのだということもわかっている。
お陰で、下半身の疲れと、未だに昂る己の中心に辟易しながら脱ぎ散らかされた衣服の中から、自分の下着とシャツ、そしてズボンを拾い上げた。
それ等を、くるくると腕に巻き付けバスルームへと向かう。
全身の汗と、下腹部の体液、そして身体に染みた香水の匂いを落とすためだ。
蛇口を捻り、熱いお湯を頭から被る。
備え付けのシャンプーで髪を洗い、ボディーソープで念入りに身体を洗う。
そして、昂りを大人しくさせ目を閉じる。
『この後は⋯⋯』
シャワーを終え、タオルドライした髪を乾かし、服を着る。
鏡の中の自分の顔をマジマジと見て、大きなため息をひとつ吐き出す。
そこに映るのは精悍な顔をした美丈夫だ。
歳の頃は三十前半、男としては脂の乗った丁度良い頃合だろう。
整った顔立ちで、モデルのような体型。
程よく鍛え抜かれた肉体は、この顔にとてもマッチしている。
そして、長く癖のある髪も、この顔によく似合っている。
「⋯⋯⋯⋯」
世の中は不公平だと、いつもこの時に思う。
鍛え抜かれた肉体も、整った容姿も、おそらく国籍も達也とはまるっきり違う。
黒髪に目の冴えるような青色の瞳、白い肌に彫りの深い顔立ち。
身長はおそらく190近くあるだろう。
アソコも達也のものとは比べ物にならないほど立派だ。
自分がこんなんだったら、どれほど幸せな人生を送れただろうか⋯⋯。
そう、この身体は達也のものではない。
現実の達也は40を過ぎた独身男で、背は165cm、体重85kg、髪は父方の遺伝子の所為で寂しくなり、剃る事にしてもう10年以上になる。
顔もお世辞にも整っているとは言い難い。
同じ親から生まれたはずの兄や姉は母親の血が濃いらしく、達也とは全然似ていない。
父親も整っているわけではないが、一般的であると言える容姿だ。
なぜ自分だけ、と悩まなかったはずがない。
学校でも職場でも容姿のことでからかわれ、自尊心はズタズタだ。
それでも勉強が出来れば良かったのかもしれないが、成績は普通、そう至って普通。
運動は苦手で、小中高と運動会や体育祭の前日はてるてる坊主を逆さまにして雨乞いをしたほどだ。
ただ、他者より秀でるものがなく容姿は寧ろマイナス寄りな男の人生に、一つだけ普通ではないことがあった。
それが、これだ。
眠りにつくと必ずこの夢を見る。
妙に現実じみた夢だ。
初めての時は訳が分からずパニックになり、裸のまま部屋から飛び出した所で夢から醒めた。
2度目はこの体をじっくりと観察して、部屋にある服を色々と着てみたり、自分にはできない髪型を楽しんでいたら目が覚めた。
それからは少しずつやることを変えてみた。
もちろん"誰か"と肌を重ねることもしてみた。
現実世界では叶わない夢を夢の中で叶えることが出来た、が、夢から醒めた後は酷く虚しくなった。
幾度かその虚しさを経験して"誰か"と肌を重ねることはやめた。
夢の中の達也は達也であって達也ではないから。
5年前から見はじめたこの夢には何か意味があるようだった。
それが何なのか達也には分からなかったが、一つだけわかっていることがある。
それはこの夢では達也が取るべき行動が決められているらしいということだ。
その取るべき行動に沿っていれば夢は続き、そうでなければ夢は覚める。
また、部屋の中にいる場合はある一定の時間が過ぎると夢が覚めるようだった。
そしてこれまで分かっている条件は3つ。
まずはベッドから出てシャワーを浴びること。
体の汚れは当然として、香水の匂いもしっかりと落とさなければならない。
そうでなければ、部屋から出て通りへ足を踏み出した瞬間、獰猛な犬に噛まれることになる。
次に服装。
クローゼットの中にはたくさんのオシャレな服があるが、そのどれも着てはいけない。
着るべきなのは床に散らばっている服で、それ以外の服を身につけていると通りの途中で車に泥水をかけられ夢から醒める。
それから"誰か"に触れないこと。
触れれば"誰か"は目覚め、部屋から出られなくなる。
そしてその間はほぼ強制的に、"誰か"と肌を重ねることになる。
自分にどんなにその気がなくても、だ。
自分の意思とは関係なく、口から愛の言葉が紡がれ、中心が昂り、虚しさの中"誰か"の中で果てるのは、精神的にキツく目が覚めてからもなかなか浮上できないほどだ。
気持ちいい思いをしているんじゃないか、と責められそうだが肉体の快楽が精神の快楽とイコールであるとは必ずしも言えないものだ。
ましてや"誰か"は夢の度に違う人物で、若い女性の時もあれば、壮年の男性のこともあった。
せめてもの救いは、誰一人として達也の知る人物ではなかったことだろうか。
また"誰か"は触れさえしなければ、どんなに大きい物音を立てても目覚めることはなく、ただベッドで寝ているだけのモノに過ぎなかった。
達也は乾かした髪を一つにまとめると、手に財布と部屋の鍵を持って玄関に向かう。
この時、時計や携帯電話など時間のわかるものを身につけていてはならないようだった。
それを持っていると隣のブロックに足を踏み入れることができないのだ。
目に見えない壁のようなものに阻まれ、同じ場所をグルグルと歩き回ることになる。
この条件は見つけるのに、ひと月近くかかった。
部屋を出て鍵をかけ、少し狭い階段を3階分下りる。
重厚な鉄の扉を開いて通りへ出たら、左に進む。
足元は昔からの石畳。女性たちからはヒールで歩き難いと評判が悪いらしいが、観光客には時代を感じるこの雰囲気が良いと大好評だ。
通りを5分ほど歩く。
途中、犬の散歩中の女性二人と、おそらく通勤途中の女性ひとりと目が合うので爽やかな笑顔を浮かべて目で挨拶をする。
これも無視をすると、後ろから走ってくる自転車にぶつかられて目が覚める。
焼きたてのパンのいい匂いがしてきたら、目的の店が近い証拠だ。
店に入り、バゲットを1本とクロワッサンを2つ購入する。
このパンの種類と本数の条件を見つけるのが今の課題だ。
これで通りに出て何事もなければ、パン屋の条件はクリア出来たことになるのだが。
「⋯⋯⋯⋯ダメだったか」
現実の自分のベッドで目覚め、達也はぽつりと声を漏らした。
6畳二間続きの古いアパートの天井には、人の顔に見える木目のある板が打ち付けられている。
大家さんが良い人なのと、会社が近くて便利ということもあって、かれこれ20年近く住んでいる。
親や兄弟にはもう少しいいところに住めと言われているが、達也自身はその必要性を感じていなかった。
彼女や友達を呼ぶわけでもなく、会社から帰って寝るだけの場所。
たまの休日は掃除をして、平日のための料理の下拵えと、常備菜などを作っていると時間が無くなる。
以前は本を読んだりもしていたが、今は1時間ほどの空きがあれば、寝てあの夢の中にダイブするようになっていた。
誰かの人生の追体験をしているのかもしれないと思いつつ、ゲームをしているような感覚に陥っている。
先に進むためにはたくさんの条件があり、その条件を一つ一つクリアしていく。
達也は夢の中の人物の名前も、性格も、仕事も、家族構成も何一つ知らない。
知っているのは達也とは違ってオシャレな家に住んでいて、愛する人がいて、目が覚めてその人のためにパンを買いに行っていると言うこと。
「うーん、3時か。もう1回はいけるな⋯⋯次はバゲット2本とクロワッサン2つにしてみるか」
達也はもう一度目を閉じる。
睡魔はすぐそこにいるから、あの夢で目覚めるのは容易なことだろう。
なぜこんなにも真剣になって、あの夢をクリアしようとしているのか分からない。
ただあの夢をクリア出来たら、自分の中で何かが変わりそうな気がする、ただそれだけのために達也は何千回と、ほとんど内容の変わらない同じ夢を見続けている。
静寂に包まれた部屋に1人の男の呼吸が響く。
その夢の結末が、己の人生に多大な影響をもたらすことも知らずに。
静寂に包まれた部屋で一人の男が目覚める。
何千回と繰り返してきた夢の終わりが、すぐ近くまで来ていることを知らずに。
ある日、地球上から一人の男が忽然と消えた。
最後の目撃者はパン屋の店員で、バゲット2本とクロワッサン3つを購入した男が、店から出た瞬間に姿が見えなくなったという。
ある日、一人の日本人の男が目覚めなくなった。
大家の話では4日前の夜、いつも通り日付をまたぐ頃に帰宅したようで、夜中トイレに起きた際、玄関の鍵を開ける音を聞いたという。
無断欠勤が続いたため、会社の同僚が確認に来たところ、彼は普通にベッドで眠っていた。
だが、声をかけても体を揺すっても起きる気配がなく、病院へ搬送したが、以降1度も目覚めることはなかった。
彼らは何処に行ったのか、誰も知らない。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) もうちょっと、こう⋯⋯才能が欲しいな。