【お題:貝殻 20240905】
子供の頃、それはキラキラと輝いて、とても綺麗で素敵な物に見えた。
身につけると、少しだけお姉さんになれる、そんな気がした。
「はぁ⋯⋯」
だいぶ古くなっていた。
貰ったのは10歳の時だから、30年以上前の物だ。
壊れるのは仕方ないのかも知れない。
けれどやっぱり気持ちとしては、やり切れないのも確かで。
「はぁ⋯⋯」
手のひらに乗せた小さな白い蝶を眺めては、ため息がまた一つ零れる。
今では他にも色々なアクセサリーを持っているけれど、これだけは特別だった。
「どうしたの?さっきからため息ばっかりついて」
今日は学校もバイトも休みだと、朝からソファで寝転んでいた娘がいつの間にか背後に立っていた。
「壊れちゃったの、これ」
娘の目の前に、手に乗せていた蝶を差し出す。
彼女はそっとそれを持ち上げ、光に翳して見ている。
「これ、イヤリングだった?あれ、でも、ママいつもピアスじゃなかった?」
「そうよ、イヤリングだったの。金具はだいぶ前に壊れてしまったけど⋯⋯」
「そっか。綺麗な蝶だねぇ。キラキラしてるし」
「そうでしょう?でも、脆くなってるみたいで、ほらこっちは割れちゃったのよ」
娘に渡した蝶とペアのもう片方の蝶を見せる。
こちらは羽の部分がパッキリふたつに割れてしまっている。
「ん〜、ん?これ、もしかして貝殻で出来てる?」
「あら、よくわかったわね。そうよ、貝殻でできた蝶なのよ」
「へぇ。⋯⋯これ、大事なもの?」
「そう、大事なものよ」
家族を除けば、私の一番の宝物かもしれない。
それくらい、私にとっては大事で大切で思い出深いもの。
「う〜ん。もしかしたら、友達が直せるかも」
「えっ!本当に!」
「聞いてみないと分からないけど⋯どうする?」
「是非!」
それが1週間前の出来事で、そして今日、あの蝶が帰ってくる。
そのまま直すのはやっぱり難しかったらしく、少しアレンジを加えて良ければ直せる、との話で、それに関しては、娘のお友達に一任した。
故に、出来上がりがどんな風になっているのか私は知らなかったりする。
「そろそろかな?」
わざわざ家まで届けに来てくれる、との事で、朝からパウンドケーキとクッキーを焼いて準備していた。
娘はそんなに気を使う必要は無いって言っていたけど、そうも行かない。
「コーヒー、紅茶、緑茶、ジュース⋯⋯うん、大丈夫ね」
最終チェックを済ませた所で、玄関の鍵を開ける音がした。
キッチンから廊下に顔を出すと、ちょうど娘が靴を脱いでいるところで、その向こう側には⋯⋯。
随分と背の高い男性が立っていた。
彼は私と目が合うと、ぺこりと頭を下げた。
「えーと、こちら青柳 将太さん。ママのイヤリングを直してくれた人で⋯⋯」
「青柳です。美紀さんとお付き合いさせていただいています」
「あら、そうだったのね。美紀をよろしくお願いします」
2人の馴れ初めを聞こうとした私を遮り、顔を真っ赤にした娘は例のイヤリングの話を持ち出した。
青柳さんは持って来た紙袋から小さな箱を取り出すと、その蓋をそっと開けてテーブルの上に置いた。
そこには小さな桃色の花と共に透明な樹脂に閉じ込められた貝殻の蝶がいた。
ドロップ型の樹脂には銀色の鎖が付けられ、イヤリングではなくピアスの金具が付けられている。
「貝殻がだいぶ脆くなっていたので、このような形にしました。劣化の少ない樹脂を使用したので黄色変化はしないと思いますが、保管は日の当たらない場所をおすすめします。あと、ピアスにしましたがイヤリングが良ければ変更できますので言ってください」
「⋯⋯⋯ありがとう、本当にありがとう」
もう二度とつけることができないと思っていたイヤリングが、こんなに可愛く私の好みの形になって戻ってきた、それが奇跡のようでとても嬉しかった。
ダメね、年をとると涙腺が緩くなっちゃうわ。
「ねぇママ、そのイヤリング。どういうものなの?」
「これは、陽介さんから初めて貰ったものなの」
「パパから?」
「そう、修学旅行のお土産で貰ったのよ」
修学旅行から帰ってきたその日に、わざわざお土産を渡すためだけに、自転車で20分もかかる私の家まで来てくれたのよね。
あー、思い出しちゃった、嬉しかったなぁ。
「修学旅行って、高校の?」
「ううん、小学校の修学旅行よ。水族館で買ったんですって」
「小学校!え、パパとママってそんな子供の頃からの知り合いなの?」
「ふふふっ、内緒。美紀と青柳さんの馴れ初めを教えてくれたら、教えるわよ?」
そんなむくれた顔したって駄目よ、だって陽介さんとの思い出はそんなに安くないんですからね。
ま、そのうち教えてあげてもいいかな、素敵なピアスにリメイクして貰えたから。
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(´-ι_-`) 貝殻→白い→イヤリング=森のくまさん。という事で、パパは熊のような人ですw
【お題:きらめき 20240904】
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(´-ι_-`) 書いてみたけどイマイチ。書き直して後日up
【お題:些細なことでも 20240903】
誰かを好きになる。
その感情は、誰かに教わることなく自分の中に芽吹く。
その時期は人によって様々で、早い人もいれば遅い人もいて、もしかすると生涯芽吹かない人も居るのかもしれない。
芽吹いた後の成長も人それぞれだ。
一気に成長する場合もあれば、ゆっくりとじわりじわりと成長する場合もある。
本人の気がつかないところで、密かに芽吹き成長していることだってある。
そして、花が咲く。
色も、形も、大きさも、匂いさえ、何一つ、誰ひとつ同じものなどない。
それは酷く美しく、そして酷く脆い花。
どんなに大事に育てていても、誰かに手折られることがある。
どんなに慈しみ大切にしていても、ふとした瞬間に枯れてしまうこともある。
そして、咲いた花が愛ではなく憎しみに変わることもある。
「なんて言うか、悲しいのとは違うんだよな」
「あー、わかる。強いて言うなら、虚しい?」
「それも何か違うような気がするけど⋯⋯」
「うーん、でもさ、ウチらがどうにかできる事でもないし」
「まぁ、そうなんだけど」
俺が大学を卒業し、社会人として働き出して今日で1年が経った。
就職と同時に実家を出ての一人暮らし。
初めは慣れなかった家事も、今ではそこそこ料理も作れるようになり、休みの日には手の込んだ料理に挑戦するほどになっている。
2歳離れた姉とは2ヶ月に1回のペースで会っている⋯⋯と言うよりも、姉が押しかけてきている、という方が正しいだろう。
仕事の都合で、2ヶ月に1回出張があるらしく、その時にうちに泊まって行く。
お陰で姉が泊まる時は、俺はソファで寝る羽目になる。
布団も一式しかないので、学生時代に先輩に貰った寝袋を使っている。
ただ、この寝袋はとても性能がよく、冬もこれ一つあれば十分に暖かく眠ることが出来る。
因みに姉は地元にいるが、実家を出て彼氏と同棲中だ。
そんな姉から聞かされたのは、両親のこと。
やっぱり、と思ったり、遂に、と思ったり。
「まぁ、良いんじゃない?」
「そうだな。母さんも普通に働いてるから生活には困らないだろうし、むしろ困るのは父さんの方か?」
「さぁ、どうだろう。まぁ、母さんは大丈夫よ。だって父さんより母さんの方が稼いでいるもの」
「え、マジで?」
「マジで」
新しい缶ビールをプシュッとあけて、喉を鳴らして飲む姿は立派なオジさんだ。
え、もちろん口に出して言うわけがない。
そんな事したら、ボコボコにされる未来しか見えない。
だって姉さんは、空手の有段者だからな。
「マンション買えるくらいの貯金はあるって言ってたし」
「父さんは⋯⋯、貯金なんてなさそうだよな」
「まぁね。休みの日ともなれば、パチンコか競馬だったし」
「あー、だな。父さんとの思い出なんて全然思い出せないぞ、俺」
「私もよ。でも母さん、よく今まで我慢したわ。私には無理だわ」
「そこはやっぱり愛情と言うか⋯⋯」
「そんなモノとっくの昔に消え去ってるわよ」
「え?」
自信満々に言い切った姉は、ぐぐぐっとビールを胃に流し込む。
昨日買い足しておいてよかった。
ビールが無くなると買いに行かされるからな。
春が来たとはいえ、夜の外はまだ寒いから行きたくないんだ。
「あんたは知らないか。父さん浮気してんのよ。もう、10年くらいになるんじゃない?あー、浮気って言うか、不倫か」
「えっ?」
「私が中3の時だったから、そんなもんね。母さん、興信所使って調べたのよ。まぁ、真っ黒だったわけだけど。でね、私、母さんに言ったのよ。私たちの事は気にせずに別れても良いんだよって。そしたら母さん、なんて言ったと思う?」
「⋯⋯⋯⋯わからん」
「今別れたら、父さんも浮気相手も幸せになるだけじゃない、って」
「⋯⋯え、でも」
「あんたの言いたい事はわかる。私もそう思ったから。嫌いなら別れれば良いのにってね」
「うん、普通そうだよな?」
「普通はね。でも母さんは普通じゃなかったのよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
普通じゃないって、どういうことだ?
「あんたにわかるかどうか、なんだけどさ。誰かを好きになると、ほんの些細なことでもその人に関係することなら、知りたくなったりするじゃない?同じようにちょっとした事が嬉しかったりしてさ、それが積もって愛情になるって言うか⋯⋯あー、言ってて恥ずかしくなってきた。んで、その反対。嫌いになると、どんな些細なことでも気になるし、嫌になる。そしてだんだんと嫌悪感が募っていく」
「あー、うん。何となくわかる。けどそれが?」
「好きと嫌いってさ、似てるのよ。ただ針がプラスに傾くかマイナスに傾くかの違いがあるだけで」
「そう、言われると、そんな気もするけど」
「あの頃の母さんはまだ、父さんの事が嫌いだったのよ」
「うん⋯⋯うん?」
『まだ、嫌い』って、どういう事だ?
嫌いだから別れるんじゃないのか?
あ、これは普通の場合か。
う、んんん?
「でも、どうでも良くなったのね、母さん」
「⋯⋯つまり?」
「好きの反対は嫌いじゃないのよ、恋愛の場合は。じゃぁ、問題ね」
「へっ?あ、うん」
「『愛してる』の反対は?」
「えーと⋯⋯」
愛していない、は違うな。
となると、憎しみ⋯か?
でも何か違う気がする。
強いて言うなら⋯⋯⋯⋯。
「無関心?」
「お、正解〜。まぁ、私の考えだけどね。母さん、父さんに対して憎しみすら無くなったのよ。だから別れる。もっと早く別れていれば別の道もあったかもしれないのにね」
「そう、だね」
「まっ、熟年離婚ってやつね。今流行りの」
「なんか嬉しくない流行りだな⋯⋯」
母さんの中に咲いていた愛情の花はすっかり枯れてしまったんだろう。
ただでさえ繊細な花なのに、栄養も水もあげずに、ただ咲いていろ、と言うのは無理がある。
俺は、愛した人の花を枯らさないよう、努力することを決心した。
ま、まだ相手はいないんだけどな。
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(´-ι_-`) 愛って難しい
【お題:心の灯火 20240902】
あなたがくれた心の灯火を
私は失うことなくこの先も生きていく
やがてあなたに会えた時
胸を張って伝えたいから
あなたがくれた灯火は
私が歩む道標として
時に明るく、時に頼りなく
ずっとこのでこぼこ道を
照らし続けてくれる
酷く疲れて一歩も歩けなくても
灯火は常にゆらゆらと揺らめいて
私が向かうべき方向を
静かに教えていてくれる
哀しみにのみこまれ
俯くことしかできず
右も左も上下も前後も分からない闇の中
自分を見失いそうになっても
灯火は静かに光り
優しい灯りで照らしてくれる
あなたは私に言いました
辛いなら逃げたって良いのだと
あなたは私にくれました
逃げるための勇気を
あなたがくれた言葉は
もう一度前を向く気持ちを
あなたがくれた勇気は
私に心のゆとりをくれた
いつかあなたに出逢えたら
私はあなたに伝えたい
『ありがとう』の5つの文字に
心からの感謝の気持ちを乗せて
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(´-ι_-`) 難しいお題デスネ。
【お題:開けないLINE 20240901】
「これ、『あけない』と『ひらけない』どっちだと思う?」
「うーん?」
スマホの画面を君に向ける。
食後のまったり時間、夕飯を食べてお腹いっぱいの今、君は少し眠そうだ。
ソファに深く腰掛け、抱き心地で購入を決めたクッションを抱きしめて、テレビを見ているようで見ていない。
今日の夕飯は青椒肉絲だった。
この時期、ピーマンは安価で手に入る。
ピーマンを切りつつ、お米の話題になり『大変だよね』と呟いた僕に君は無言で頷く。
青椒肉絲なら玉子スープもないといけないと、謎のこだわりを見せた君は玉ねぎと人参も冷蔵庫から取り出して処理し始め、あっという間にスープを作ってしまった。
僕はと言うと、やっとピーマンの細切りを半分終わらせたところで、そんな僕を見て君はクスクスと笑う。
仕方がないだろう、君は料理が得意だけど、僕は初心者なんだから。
それにこのピーマンの量、多すぎじゃないかな?
僕がそう言うと君は、冷凍する分とピクルスにする分も切ってもらってると、涼しい顔で言う。
いや、すげえ時間かかってるし大変なんだけどって愚痴ると、何事も経験、そして練習って言う。
まぁ、サボりたがりの僕には君のようにちょっと厳しい人の方が良いんだろうな、とか思った。
ピーマンを切った後は、君に教えられながら人生初の青椒肉絲作り。
油が跳ねて少し火傷したけど、いい感じに出来た。
まぁ、味付けは君がやったから当然なんだけどね。
君の実家から送って貰っているお米が丁度いいタイミングで炊けて、茶碗によそってテーブルに並べる。
君の作った玉子スープに青椒肉絲、作り置きの金平牛蒡ともやしのナムル⋯⋯、あれ、今日のメニューって細長い物ばかりじゃないか?
なんて事を話しながら、楽しく美味しい時間を過ごした。
「はだけない」
「うん?はだけない?」
半分眠ってる君がボソリと呟いた。
「そう、はだけない」
君が言っていることの意味がわからず、僕はスマホで検索する。
『はだけない』
すると、『開けない』と書いて『はだけない』とも読むらしい。
日本語って難しいな、とつくづく思う、でも。
「いや、『はだけないLINE』はさすがにおかしいだろ」
「うぅん⋯⋯」
あらら、君は片足どころか両足、いや首元くらいまでどっぷりと夢の世界にいるみたいですね。
「寝るの?寝るならベッドに運ぼうか?」
「ううん⋯⋯」
「うわっ、ちょっ⋯⋯」
寝ぼけた君が僕に抱きついてきて、そのままソファに押し倒された。
僕の胸元で規則正しい寝息を立てる君の髪を撫でる。
サラサラと指の隙間から落ちる感触が楽しくて、しばらく君の髪を弄ぶ。
こんな時間がこれから先も続きますように、そう願わずにはいられない。
「もう、どっちでもいいか」
『あけない』でも『ひらけない』でも。
そう言った矢先、スマホからメッセージの着信音が聞こえた。
「あ、ヤバ⋯⋯」
手を伸ばしてみたけど、スマホには到底届かず、かと言って動けば君を起こしてしまいそうで。
「⋯⋯⋯⋯うん、気が付かなかった事にしよう」
その後も何度か送られてくるメッセージの着信音を僕は聞かなかったことにする。
この時間にこの頻度で送られてくるメッセージはあの人からの厄介事だ。
これが『開けないLINE』か、と一人納得する。
『ひらけない』と『あけない』、どちらも正解となるのが日本語の面白いところだな。
僕は僕の腕の中ですぅすぅと寝ている君と一緒に、夢の世界へ旅立つことにした。
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(´-ι_-`) で、実際はどっち?